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日々の変化
夫が仕事を変えたので日々のサイクルがけっこう変わってまだ慣れない。ひとりでいる時間がぐーっと増えて、というか夫が仕事でいない時間がぐーっと増えたので家のことをたくさんしなきゃならなくなった。まあいままでがおんぶにだっこすぎた。 朝から晩までずーっと製本をやり続けるという感じでもなくなった。畑も触らなきゃいけないし、ぬげたの散歩にもいかなきゃならないし、晩ごはんだって昼ごはんだって作る。いや羅列するとなんて当たり前のことだろう。甘えていたなあと思う。 毎日野菜の様子をうかがい、畑をほじくり返していて両腕が常にくたびれており、爪には土が詰まっている。猫たちは爛々とかまちょの姿勢、ぬげたのお散歩いこうのお誘いはささやかで、見逃さないように気をつける。 朝から晩までずーっと製本だけやってたかった。 むかしはそれが夢であった。 でもいざこうやって暮らしに比重がかかると、ああただ暮らすってこんなに健やかなことなのかとしみじみと沁みて、この実感はしっとりと重い。浮き足だった空想に紐をつけて地面に足をつけて歩いている。 家にいたいなって思う。 ここで暮らすをずっ

すずめや
2 日前読了時間: 2分


ブッチュアブ
みょうがが出てきたので毎日やぶをかきわけせっせと地べたを這いずり回って全身泥だらけになりみょうがをとっている。とれたてみょうが便の季節だ。べつに這いずり回るのも泥だらけになるのも苦にならない、それよりもみょうがをとる楽しみの方が優っている。朝から汗だくになりシャワーをあびるのもいい。日に何度も風呂に入るっていいじゃん。今日は三度目の風呂があってかなり気分がいい。 まあいいんだけどアブがなあ〜アブが。アブがなきゃなあ〜。 吸血虫アブの野郎は大中小とさまざまなサイズでめちゃくちゃおる。スズメバチそっくりのカラーリングのでけえのもいてそいつは見た目が一番怖い。でもやっかいなのはちいちゃいやつ。服を貫通して肌を刺してくる。いたっ!て思った時にはもう遅い。こないだは脳天を二箇所やられてそこがたんこぶみたいになってかゆくてむかついた。あたまをぼりぼりかくのもみじめだ。 こんなに脳髄に近いところを刺されてしまってはアブ人間になるかもしれず、そのうち目玉が二つに割れ四つに割れ八つに割れしてだんだん膨らみ複眼となりくちびるはだんだんととんがり始めていくのだと妄想し

すずめや
8月6日読了時間: 3分
公募ガイド買った
先日の日本橋丸善では本の話が合う作家のお姉さまがいて、あれ読んだこれ読んだと読書談義で盛り上がった。 猛暑もあり雨の日もありで悲しいほど売り場は静かで、いろいろ話してるうちにお姉さまが私の掌編集を買ってくだすって、あっという間に読んで、誉めそやしてくれた。それで充分嬉しかったのにお姉さまは作家業が身に染み付いているからだろう、ちゃんと本出してみたら、ということを繰り返し言ってくれておだてられ木に登り、公募ガイドを買った。雑誌買うのなんて何年ぶりだろ。 公募ガイドというのはその名の通り、多種多様なジャンルの公募が網羅された雑誌。ぺらっぺらの灰色の藁半紙に、おじいちゃんならすぐ投げ出しそうなちっちゃな字でありとあらゆる公募情報がみっちみちに掲載されている。 前述の通り、売り場は閑散としていたのでお姉さまたちと公募ガイドをめくり、これはいいあれはいいと夢想を繰り広げ、まあたいそうそれが楽しい。 売り上げがみんなあんましだったので賞金の額を見てはこれなら応募してあげてもいいねなどとふざけたり、これに受かって賞金が入ったらみんなで焼肉屋に行くかお寿司にする

すずめや
8月1日読了時間: 3分
去り行く太陽
日本橋丸善の一週間が終わった。 なんども来ている場所だけれど今回は違った。 以前もブログで触れた、日本橋丸善一階の太陽たちが所属する会社のお仕舞いとともにもう丸善からいなくなるという。これは本当に大変なこと。 ふたりの太陽たち、ひとりはオレンジ色の太陽で、ミュージカルの大御所、クリスティンチェノウェスにそっくりな太陽、じゅんこ。もうひとりは夏の白浜のてっぺんで爽やかに笑う白い太陽そのもののような、じゅんこ。太陽たちは名前が同じなのである。 丸善一階の皮小物やバッグ、ネクタイや傘を取り扱うスペースの一部が我々行商作家のイベントスペースである。そしてそこには太陽たちの働く会社の商品をならべた常設のブースがあり、太陽たちはそこで販売の仕事をしている。 はじめて日本橋丸善に仕事に来たときはそのまぶしさに大層驚き、そして夢中になった。 そも、丸善と聞いたときに想像する社風、例えば折り目正しい態度の書店員、満遍なく偏りなく、しかし豊富に揃えられた書棚、"きちんとした本屋"、それが大多数のみなさんの印象であろうと思うし、実際内部に侵入して商売をさせていただいて

すずめや
7月28日読了時間: 4分
むいてるかも
名古屋三越と東京日本橋をハシゴして遠征、 ようやく終わりが見えてきた。 近ごろカプセルホテル九時間屋に心酔していることをくりかえし綴っていたが、わたしはカプセルホテルが好きなのか九時間屋が好きなのかという疑問を確かめるべく今回の東京ではカプセルホテル鐘鳴屋に宿泊してみている。 悪くない。 えっ悪くないねカプセルホテル。 我々行商の作家は遠征費は基本自腹である。 宿代を安く済ませようとするとまずいちばんに選択肢に来るのはゲストハウス。 はじめのころはゲストハウスを利用していたが、知らない人と二段ベッドに寝ること、トコジラミの恐ろしい噂、やたらフレンドリーなスタッフと客同士(これは人によっては良い点になるだろうが根暗なのでいやんなったのである)、そしてコロナ禍がトドメになってゲストハウス泊は生理的に無理じゃとなってしまった。 そんでカプセルだって同じようなもんだろうと思ってほとんど泊まったことがなかった。 カプセルホテルは基本的に人とすれ違ってもコミュニケーションが生まれないのがよい。ごく狭いスペースをフルに使うべくすべてが作られているのでたいへんに

すずめや
7月24日読了時間: 2分


出発の日
今夜の夜行バスで名古屋に行ってそのあと東京にいくのだ。まる10日間うちをはなれるのでとてもとてもさみしい。 今日の夜中はみんみに三度起こされた。 マァーオと恐ろしい唸り声で起こされ、しっぽがぼんぼんになったみんみは窓の外を睨んでマァーオを繰り返している。近所に住んでいるどろぼうひげの模様の白茶トラだ。どろぼうひげの模様なのでどろぼう猫と呼ぶ。 どろぼう猫はたまにこうやってやってきては唸るみんみをおちょくっている。こんな夜中でも外を出歩くどろぼう猫は家の中でぬくぬく生きているみんみなんかちいとも怖くないようだ。目をきょろきょろさしてこっちをみている。どろぼう猫はちっちゃくて目もおっきくてかわいいのでもっと近くで見てやろうと網戸に頭を押しつけてみたらどろぼう猫に飛びかかられた。網戸がなければ顔面をやられていた。やはり我々のことを舐めているのだ。 どろぼう猫がいなくなって落ち着いてとろとろ眠りに落ち始めたころまたマァーオが始まった。違う窓のとこで唸りまくるみんみ、こっちを見ているどろぼう猫、そのうちあかんべでもしてきそうな顔に見える。...

すずめや
7月18日読了時間: 4分
畑のこと
未だ梅雨明けぬ岩手。 こないだの出張のときに大雨が降って、山に囲まれているうちでは大雨が降ると近くの川が増水して、そんでうちのまわりにいたけものたちが川を渡ってじぶんちに帰れなくなって、その日は畑が荒らされる。たぶんじぶんちのとこにはごはんがあるけど帰れなくなったら手近にあるうちの畑をけものたちは掘ってしまうんだ。 留守の日の大雨で夫はずいぶんリカバリをがんばってくれたけれどさつまいももやられてひまわりもやられた。 帰ってきたらしんなりしちゃったひまわりとその他諸々の苗があって、でも夫はわたしのひまわりに支柱をたててくれていたりネットを張ってくれていたりして、がんばってくれたのがよくわかった。 畑を荒らすけもののなかでもいのししはとくに意味がわからん。さつまいもが食べたいなら苗を荒らしちゃいけない。いもむしはやわらかい葉っぱしか食べられないくらいくちも体もやわらかいのだから若い芽を食べるのはわかる。ことりだってくちばしがちいさいのだからブルベリや豆の新芽を食べるのはわかる。いのししはそんなこと関係ないみたい。猫や犬よりぱっと見脳みそは大きそうに見

すずめや
7月15日読了時間: 3分


博多食い倒れ紀行
博多阪急の一週間、どうもご来場ありがとうございました。 博多では飯をめちゃくちゃ食うた。 この一週間は愛する九時間屋に宿泊したのだがそこにおっさんばかりを執拗に作るおっさん作家のシホさんが共に泊まっていたためシホさんとよく一緒に飯を食った。 初日の夜はとんこつラーメン。 ぜったいにキクラゲが乗っているやつがよかった。ドロヘドロの二期も観たところだし。 シホさんは飯の際えりもとに手ぬぐいをぎゅっと押し込めて金太郎のようになるのが定番なのだけれどこの日はそれをやり忘れてさっそく上着にラーメンの油を飛ばしており、しかもシホさんは上着を洗濯せず着回すつもりだったので大慌てでありただそれだけのことが疲れ果てていたせいか妙に面白くやたらと笑っていた。 博多のラーメンを食うときは替え玉をする。 バリカタというのを頼んでみたらラーメンの骨みたいなやつがでてきた。博多っ子はせっかちがすぎる。 朝食、まずは定番の喜水丸。 ここでは朝定食に明太子と高菜の食べ放題がつく。生卵定食にいたっては味のりと生卵とお味噌汁に小鉢とごはんがついて890円、しかもごはんもお味噌汁もお

すずめや
7月8日読了時間: 6分


愉悦を呑む
ちかごろ出張先で鬼殺しを呑んでいる。 決して旨くはないのだが呑んでいる。 鬼殺しを呑んでいるというよりも愉悦を呑んでいる。 そも、ストローつきの紙パック飲料には健やかなイメージが強くある。カルシウムを補う牛乳、ビタミンたっぷりのオレンジジュース、腸を生き生き乳酸飲料、1日分の野菜これ一本。 対して鬼殺し。 震える手で持ってもかならず吸い口に辿り着けるように伸ばすストロー、吸ってみれば醸造アルコールたっぷりの甘ったるい酒、しつこい後味、頭の痛くなりそうな、悪い酒。 この対比がいいのである。 わたしはストローで悪い酒をチュウと啜る。チュウチュウと啜る。明るく清潔な都会のコンビニエンスストアで、ケータイピッと電子マネーでスマートに会計した鬼殺しを啜る。 それは完璧にデザインされた宿の洒落た共有スペースであったり、夜深く華やかな繁華街の道すがらであったり、東京駅を臨むきらきらのベンチの上であったりする。 これが愉悦でなくてなんであろうか。 清潔にぴっちりと整えられたシーツの上に倒れ込むときのあのさっぱりとした嬉しさ、そいつをすこしペンチでねじって叩きつけ

すずめや
7月4日読了時間: 2分
福岡へ
いまから福岡に飛び立つ飛行機に乗る。 七月の博多は初めてなので楽しみだ。 それになんだか平和だ。 なぜか博多に行くときは家族の変調があったりそのあとだったりしてそわそわすることがあって、でも今回はそんなことなし、それに優雅に飛行機、そして九時間屋への宿泊だ。 いま九時間屋に恋をしている。 前回福岡に来た時は鳥栖(佐賀県)に宿をとって、鳥栖の街がずいぶん気に入って、今回もまた鳥栖で宿をとっていたのだけど九時間屋がめりこんできた。鳥栖をキャンセルし博多駅前の九時間屋に変更。恋は盲目でありいま九時間屋に泊まることがとてもとても楽しみ。 頭からかぶるでけえシャワー。 この調子で変えられる宿は軒並み九時間屋に変えてしまった。 福岡では山笠というまつりの最中なのだそうだ。 土地のまつりは良い。 今回いつも10月だった福岡が7月にずれたことで我が集落のやまのまつりにも参加することができるようになった。加えて博多でもまつりだそうだ。たくさんのまつり。踊らにゃ損というやつだ。

すずめや
6月30日読了時間: 1分


平和な日
2日前にチェンソーで薪作りをした反動がまだ身体に残っていてガタガタのヨボヨボで朝は夫より遅く起きた。うつらうつらの寝床のなかで夫が猫にご飯を用意する、食器のかちゃかちゃ鳴る音や猫の歓喜の声を聴いていた。 起きると湯が沸いていて珈琲カップが用意されていた。豆を挽いて朝の一杯。 夫は仕事に出かけわたしは仕事をしてから歩いて集落のお花植えに出かけた。毎年の、我が集落の可愛いイベント。自治体主催の環境美化の一環らしいが、プランターにいっぱいマリーゴールドを植えて並べ、みんなで写真を撮る。 歩いている途中集落のご婦人が車で通りがかってLINEの交換をする。ご婦人はおでかけだったので行ってらっしゃいを言う。 8時に集合とのことで、時間きっちりに着いたのにすでに集落のみなさんは集まってなにやらしていた。集まりのとき、岩手の人々は早い。 培養土の袋を開けて、プランターに土をいれて、苗を植え付けていく。トラクターで近所の紳士がプランターを乗せる台を土を寄せて作る。余った苗は分け合って、よっこいせとみんなでプランターを運んできちんと並べ、記念写真。...

すずめや
6月27日読了時間: 4分


犬と寝た
こないだぬげたと一緒にベッドで寝た。 寝室は基本的に猫たちのテリトリーでぬげたはよっぽどのことがないと足を踏み入れないし、ぬげたはでかくておふとりさんなのでベッドに登れないけれど酔っ払った夫が抱き抱えてベッドに乗せた。 ぬげたは自分の寝床を整えるときにするように前足でふとんをぐちゃぐちゃと整え(夫は整えというが整ってはいない)、どっかと笑顔で横になった。 ぬげたと初めて一緒にベッドで眠る夜。 ぬげたはわたしの足を枕にして一晩中そこにいた。物理的に降りられないというのもあったかもしれないがそれにしても先に眠りに落ちて動いていない夫ではなくわたしの足を一晩中使っていた。なのででかい犬と寄り添い合う一晩、それはわたしのものであった。 足に伝わるぬげたの寝息、たまに起きると呼吸は変わり、深く眠り夢を見て変なぴくつきをしたり、夜中に咳き込んだり、そういう犬の一晩をからだで感じた。 ベッドの上はふだんはめーめ(猫)の場所だ。 愛されていないと気が済まない強気のめーめは人間たちを独り占めすることが好きで、まあ別にみんみやヤン子が乗るのを許さないというわけでもな

すずめや
6月22日読了時間: 3分


いわて銀河マラソン
今年もこの日がやってきた。 50キロや70キロや100キロを朝の四時とかから走り続けるいかれたランナーたちを労る場所を集落のみんなで運営する日だ。毎年わりあい楽しみにしている。 マラソンランナーたちはぱっと見たところみんな細っこくてひょろりとしていてなんなら白っぽい。私服でいたらずいぶんか弱そうに見えるだろうなという人が多いように思う。けれど彼らは100キロを走るランナーなのである。 我々の運営するエイド(休憩所のことをマラソン用語でそう呼ぶらしい)は100キロ走る人々からすると86.3キロ地点。フルマラソン2回ぶん、とうに走った距離。細っこい肉体にはよく見るとしなやかに無駄のない筋肉がひっそりとへばりついており、なめらかである。上気を通り越して真っ赤になった皮膚、あれは日焼けだろうか、筋肉をあまりに使ったための炎症だろうか。 ランナーたちは正しく明るく礼儀正しい。 わたしのような人種が普通に過ごしていたらまず出会わないタイプの人間がものすごい勢いでものすごくたくさんの数、目の前を通り過ぎ、みんなで用意したテントの下で休み、飲み物を飲み、くだもの

すずめや
6月14日読了時間: 3分
日記
オレンジ色のきいちごが実り、くわの実はまだもうすこし。 犬を連れ歩く合間にむしりとって食べる。甘いのとすっぱいの、食べてみるまでわからない。小さいころ通学路に鈴なりになっていたきいちごを執拗に食っていたことを思い出す。大人になってもやることがかわらない。 薪屋のまきじいがお家の解体で出た柱やなんかをでかいトラックにのせて譲ってくれた。丸鋸で切り刻んで薪にしているのをみて電気チェンソーを貸してくれたのでわたしはチェンソーマンとなった。まきじいは薪を売っているのにうちがあまりにも薪を焚きすぎるので心配して木材を分けてくれるのだ。そんなに薪を無駄遣いしているつもりは毛頭ないのだけど一日中家で仕事をしている人間のいる暮らしをまきじいは知らないのかもしれない。いやでもやっぱり我々は寒がりなのかもしれない。 解体で出て来た家具もいくつか譲ってくれた。埃まみれなので晴れの日に丸洗いする。家具を丸洗いするなんて発想が出てくるのが田舎のでかいうちならではでそれすら嬉しい。やはり広いところでのびのびしているのがいちばんだ。 カラスが鳴くのを真似してこちらも鳴くと呼応

すずめや
6月10日読了時間: 2分


日々の変化
今月から夫の仕事が変わった。 動物好きの夫は岩手に来てから保護犬保護猫の施設で働いていたが前職が農業だったこともあってこんどは東北の農業をいったんやってみようと考えたのだそうだ。 二人暮らしのこの家では片方がいない間は片方が我が家の犬猫の世話や家事を担うのである。なので普段は夫に負担をかけっぱなしだというわけである。 朝が遅くなって帰ってくるのも遅くなった。 なので自然と生活がすこし、変わった。 わたしは家のことをやる時間が増えて、そもそもまつもとで燃え尽き気味だったのでこれ幸いと家の細々をしている。まあぜんぜん仕事もしてるけど。 張り切って毎日草刈機のエンジンをかけ、ひまわりに水をやり、犬を散歩し、猫に紙くずボールを投げ、と五月は特に仕事が多すぎたせいもあってできてなかったいろいろをのびのびとできていていいかんじだ。 在宅仕事のいいとこはたとえばごはんが炊けるまで机に向かい、炊けたらごはんの世話をし、次はパソコンにむかい、きりがついたら犬の散歩にゆく、というような自由があるところだ。仕事場兼家を整えながら仕事も片してゆくのは気分が良い。...

すずめや
6月5日読了時間: 1分


まつもとありがとうございました
ずーっとビビり散らかしていたまつもとへの出展が無事に終了しました。 いっぱい出会いがあって、天気もずっと良くて、こんなに恵まれては何か悪いことが起こるんじゃないのかと戦々恐々としていたけれどずっと和やかに終わって、拍子抜け。 主催さんたちはもちろん、チェーンの蕎麦屋の店員さんに至ってもすべての人間が優しく朗らかで自然体でなんかすごいいい町であった。また来たい、すぐにでもだ。 いっこでかくわかったことは、日本最高峰のクラフトフェアであっても、手製本はニッチなジャンルなんだってこと。 わたしは憧れを拗らせていたので、まつもとに辿りつきさえすればなんもかもわかってくれる目利きとかに会えてわかられるのではないか!とどきどきしていたんだけれどもまつもとでも手製本は珍しくって、いっぱいいっぱい説明をした。まつもとは美篶堂さんのお膝元でもあって、だからそれでも理解のある方はすごく多かったのだけれど。 腹括るべ、と思った。 手製本が好きだから手製本というでかい池の中にいてほにゃほにゃしているというくらいの認識でいたけれどあんましそれでは、わかってくれるひとだけに

すずめや
5月31日読了時間: 3分


今日から
今夜の夜行バスでまつもとにゆく。 前日搬入の時間に余裕を持ちたいと思うと夜行バスでの移動が最も都合が良かった。 盛岡から新宿、乗り換えて松本バスターミナルまで。チケットを取ってしまってから改めて帰りの道を調べると、特急や新幹線を使ったほうが楽で時間もちょうどよく調節できることがわかったけれどあとのまつり。 朝、猫に起こされて、猫たちのご飯を用意し、寝転んでいる犬を吸って珈琲を淹れる。出張が多すぎて切らしていた豆を夫が煎っておいてくれた。てかてかの油のういた深煎り。ずしんと重く、苦くて、強かった。 夫が仕事に向かって、仕事をしようかと机に向かったけれどなんだか手につかなくて、トイレや玄関を掃除したり犬の毛布を洗濯にかけたり、スナップエンドウを摘んだり包丁を研いだりしていた。昨日酷使してしまったからだはまだガタガタで、動くのもつらい。持久的な体力はあるほうだと思うがおそらく筋肉量が少なすぎてからだをうごかすやつはすぐにダメんなる。それでも運動はしない、しないぞ。 ガタガタのからだでぬげたを散歩につれてゆく。 ぬげたはにこにこと前に進んでゆく。...

すずめや
5月28日読了時間: 3分


いざいざ
丸の内丸善での出展を終えスタコラ帰り、今日はまつもとの荷造り。まつもとの荷造りだって。まじでいくんや。手製本やのに。 ほとんどすっから閑として、机も荷車も梱包して、送り出しました。 SNSを覗くと最後まで製作がんばります!という作家さんの投稿が目につくけれど、製本はギリギリになってやっても特に何も完成しないので焦る段階は過ぎた。配送だし前日搬入だし。 それでももやもやといろんなことを考えてしまうのを止めたくて畑や庭や薪づくりをして体を動かすことにした。久しぶりに汗をかく。疲れて休憩に冷たい廊下に寝転んで猫を揉んで立ち上がると廊下にじっとりとわたしの背中の汗が曇ってへばりついていた。 また外に出て、からだがガタガタんなって、よぼよぼとするまでなにかしら、やった。 丸の内丸善は12時間も営業時間があり、加えて今回はいつもよりもかなりお店が静かだったため、いろんなシュミレーションやぐだぐだの悩みや不安や期待や卑下はやり尽くした。やり尽くしたと思いたい。それでも思考は止まらないもので、だから体をくたくたにしたかったんだけれど明日の夜から夜行バスでまつもと

すずめや
5月27日読了時間: 2分


九時間屋
東京丸の内丸善。 十二時間の営業時間、店頭に立ち続けるわたしの拠り所はここしばらく妹と姪のうちであったが今回は途中からカプセルホテルに宿泊するのだ。 生まれた時から東京あたりに住んでいる友人に路線の説明を受け、Google先生も頼りにし初めての路線で水道橋にやってきたのだ。 オレンジ色の電車に乗るということであったがいざ改札を通るとオレンジ色の電車は三本あって、ほんとに東京ってわけわからん。チャッピーによるとそのオレンジ色はよく見ると明るいのとか暗いのとかで実は色分けがなされているらしい。初見殺しとはまさにこのこと。 カプセルホテル九時間屋はまじでこの隙間にあるの?というくらいの隙間に屹立するちいちゃな宿に見えた。それが中に入るとおしゃれに洗練されている上にスタッフさんも朗らかであり、全ての動線が美しく整えられており、こりゃあすげえところに来ちまったぞという感。 寝るためだけのカプセルが蜂の巣のように並んでおり、水と本とスマホだけを巣に持ち込んで貴重品やその他の荷物はすべてロッカーへ。 シャワーは常々憧れている頭から大量のお湯が落ちてくるタイプで

すずめや
5月24日読了時間: 3分


ふたつおわり
仙台山形ありがとうございました。いや仙台はまだノートだけが売り場に残って頑張っているが。わたしの移動は終わりましたありがとうございました。 これで今月は残すところ明後日からの一週間、丸の内丸善と、ついにクラフトフェアまつもとだ。ゲボ出そう。二つとも返送されてきた荷物をその日のうちに解き直して午後発送せねば間に合わないギリギリの綱渡りだ。ほんとにいみわかんない。18年もやってきてこんなスケジュール組むなんてほんもののばかなんじゃないの。なんでなにもわからないままとにかく仕事を受けてしまうのだろうか。 はじめての山形はしょっぱなから真っ暗な神社に案内されて恐ろしいきもちでいっぱいだったけれど、すごく前からのお客さまと対面できたり、近くでやっていたワインイベントで酔っ払ったプリティギャルなどが立ち寄ってくれたりして楽しかった。お名前だけ存じていたあの方やあの方にも会えてお話ができわりときゃっきゃと過ごすことができた。でもやっぱりぎゅうづめすぎて、次の仕事が、次の次の仕事が、あたまから離れない。 六月は盛岡で個展の予定だったのが、お店のかたが体調を崩され

すずめや
5月17日読了時間: 2分
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