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まつもとありがとうございました
ずーっとビビり散らかしていたまつもとへの出展が無事に終了しました。 いっぱい出会いがあって、天気もずっと良くて、こんなに恵まれては何か悪いことが起こるんじゃないのかと戦々恐々としていたけれどずっと和やかに終わって、拍子抜け。 主催さんたちはもちろん、チェーンの蕎麦屋の店員さんに至ってもすべての人間が優しく朗らかで自然体でなんかすごいいい町であった。また来たい、すぐにでもだ。 いっこでかくわかったことは、日本最高峰のクラフトフェアであっても、手製本はニッチなジャンルなんだってこと。 わたしは憧れを拗らせていたので、まつもとに辿りつきさえすればなんもかもわかってくれる目利きとかに会えてわかられるのではないか!とどきどきしていたんだけれどもまつもとでも手製本は珍しくって、いっぱいいっぱい説明をした。まつもとは美篶堂さんのお膝元でもあって、だからそれでも理解のある方はすごく多かったのだけれど。 腹括るべ、と思った。 手製本が好きだから手製本というでかい池の中にいてほにゃほにゃしているというくらいの認識でいたけれどあんましそれでは、わかってくれるひとだけに

すずめや
4 日前読了時間: 3分


今日から
今夜の夜行バスでまつもとにゆく。 前日搬入の時間に余裕を持ちたいと思うと夜行バスでの移動が最も都合が良かった。 盛岡から新宿、乗り換えて松本バスターミナルまで。チケットを取ってしまってから改めて帰りの道を調べると、特急や新幹線を使ったほうが楽で時間もちょうどよく調節できることがわかったけれどあとのまつり。 朝、猫に起こされて、猫たちのご飯を用意し、寝転んでいる犬を吸って珈琲を淹れる。出張が多すぎて切らしていた豆を夫が煎っておいてくれた。てかてかの油のういた深煎り。ずしんと重く、苦くて、強かった。 夫が仕事に向かって、仕事をしようかと机に向かったけれどなんだか手につかなくて、トイレや玄関を掃除したり犬の毛布を洗濯にかけたり、スナップエンドウを摘んだり包丁を研いだりしていた。昨日酷使してしまったからだはまだガタガタで、動くのもつらい。持久的な体力はあるほうだと思うがおそらく筋肉量が少なすぎてからだをうごかすやつはすぐにダメんなる。それでも運動はしない、しないぞ。 ガタガタのからだでぬげたを散歩につれてゆく。 ぬげたはにこにこと前に進んでゆく。...

すずめや
5月28日読了時間: 3分


いざいざ
丸の内丸善での出展を終えスタコラ帰り、今日はまつもとの荷造り。まつもとの荷造りだって。まじでいくんや。手製本やのに。 ほとんどすっから閑として、机も荷車も梱包して、送り出しました。 SNSを覗くと最後まで製作がんばります!という作家さんの投稿が目につくけれど、製本はギリギリになってやっても特に何も完成しないので焦る段階は過ぎた。配送だし前日搬入だし。 それでももやもやといろんなことを考えてしまうのを止めたくて畑や庭や薪づくりをして体を動かすことにした。久しぶりに汗をかく。疲れて休憩に冷たい廊下に寝転んで猫を揉んで立ち上がると廊下にじっとりとわたしの背中の汗が曇ってへばりついていた。 また外に出て、からだがガタガタんなって、よぼよぼとするまでなにかしら、やった。 丸の内丸善は12時間も営業時間があり、加えて今回はいつもよりもかなりお店が静かだったため、いろんなシュミレーションやぐだぐだの悩みや不安や期待や卑下はやり尽くした。やり尽くしたと思いたい。それでも思考は止まらないもので、だから体をくたくたにしたかったんだけれど明日の夜から夜行バスでまつもと

すずめや
5月27日読了時間: 2分


九時間屋
東京丸の内丸善。 十二時間の営業時間、店頭に立ち続けるわたしの拠り所はここしばらく妹と姪のうちであったが今回は途中からカプセルホテルに宿泊するのだ。 生まれた時から東京あたりに住んでいる友人に路線の説明を受け、Google先生も頼りにし初めての路線で水道橋にやってきたのだ。 オレンジ色の電車に乗るということであったがいざ改札を通るとオレンジ色の電車は三本あって、ほんとに東京ってわけわからん。チャッピーによるとそのオレンジ色はよく見ると明るいのとか暗いのとかで実は色分けがなされているらしい。初見殺しとはまさにこのこと。 カプセルホテル九時間屋はまじでこの隙間にあるの?というくらいの隙間に屹立するちいちゃな宿に見えた。それが中に入るとおしゃれに洗練されている上にスタッフさんも朗らかであり、全ての動線が美しく整えられており、こりゃあすげえところに来ちまったぞという感。 寝るためだけのカプセルが蜂の巣のように並んでおり、水と本とスマホだけを巣に持ち込んで貴重品やその他の荷物はすべてロッカーへ。 シャワーは常々憧れている頭から大量のお湯が落ちてくるタイプで

すずめや
5月24日読了時間: 3分


ふたつおわり
仙台山形ありがとうございました。いや仙台はまだノートだけが売り場に残って頑張っているが。わたしの移動は終わりましたありがとうございました。 これで今月は残すところ明後日からの一週間、丸の内丸善と、ついにクラフトフェアまつもとだ。ゲボ出そう。二つとも返送されてきた荷物をその日のうちに解き直して午後発送せねば間に合わないギリギリの綱渡りだ。ほんとにいみわかんない。18年もやってきてこんなスケジュール組むなんてほんもののばかなんじゃないの。なんでなにもわからないままとにかく仕事を受けてしまうのだろうか。 はじめての山形はしょっぱなから真っ暗な神社に案内されて恐ろしいきもちでいっぱいだったけれど、すごく前からのお客さまと対面できたり、近くでやっていたワインイベントで酔っ払ったプリティギャルなどが立ち寄ってくれたりして楽しかった。お名前だけ存じていたあの方やあの方にも会えてお話ができわりときゃっきゃと過ごすことができた。でもやっぱりぎゅうづめすぎて、次の仕事が、次の次の仕事が、あたまから離れない。 六月は盛岡で個展の予定だったのが、お店のかたが体調を崩され

すずめや
5月17日読了時間: 2分


ドントパニック
今月末には夢に見て涙までしたクラフトフェアまつもとだというのになぜだか異常に移動し働いている。なんでこうなった。もう思い出せない。目の前の仕事をこなしてゆくほかに進む道はない。 出発前は追い込まれすぎて食事中になぜかちりとりをさがしにゆきフリーズし、決済端末を無くしただけなのに地獄の底に降りたような不安に駆られ、なんだかいつになく情緒不安定であたまがおかしくなってしまったのかと恐ろしかった。 ひとつずつ終わらせていくほかない。 仙台山形をまたぐ出張の旅。 大好きな仙台に二泊し仕事を終えてバスに飛び乗り山形泊。初めての山形。 真っ暗の道をGoogle先生の言う通り宿に向かう道すがらあやしいダンディがでかく描かれた謎の看板をみつけ、道案内では宿ではなく薄暗い闇に沈む道の突き当たりの神社を案内されあまりにも恐ろしいので逆に冷静になった。いかれた町だ。そういうところは好きだ。 米沢ゆきの電車に乗った。 この電車は米沢牛の米沢にゆくのだ。 私の降りる駅は違うところだけれどワインフェスなるものが同時進行しているらしくできれば売り上げで酒を呑みたいと思っている

すずめや
5月16日読了時間: 1分


いちめんに五月
名古屋から帰ってきたら岩手は一変していて冬の気配なんてかけらもないみどりいろ、新芽の喜びなんてささやかな感じはとっくに風に吹かれて無くなったようだ。草刈りをしてもいいくらい。 クローバーが繁り、イタドリも伸び、山は一部の桜か梅か桃かわかんないピンクのもりもり以外はぜんぶみどり、足元にはチューリップがようやく咲いて、たんぽぽがふっくらとして、すずらんの花が鳴り、モクレンは散りかけ、カタクリや水芭蕉やすみれやつくしやクロッカスも姿を消していた。 ああ、季節が変わった! とたんに外仕事をしたくなるけれどたくさんやらなきゃいけないことがあって土まみれになれるのはまだ先だ。夫はいないうちにわたしの好物の豆類を植えてくれていた。近所の紳士が耕運機をかけてくれた。ぬげたと夫と一緒に畑いじりをしたい。叶わない夢。こんなに五月に仕事を入れるんじゃなかった。 とはいえほんとにいけない、いけない、いけないよと思いつつもひまわりの種を植えた。時間を割くことができなかったのでうわーっと両手で適当に畝立てをして二袋ぶんのひまわりを蒔いた。 ひまわり畑はでかいにこしたことがな

すずめや
5月9日読了時間: 2分


掌の上の舞台
名古屋に仕事にやってきた。 今回は豊橋駅でご挨拶をしたい書店があったので夜行バスで朝早く着いてたくさん電車に乗った。 店頭を案内していただき、打ち合わせを済ませ、少し時間があったので出張中に読む本を何冊か見繕って、割引になっていた絵の具を買った。 本屋さんに行くと、本がたくさんあって、たくさんある本の中で一冊を選んで、それが人生に積み重なってゆくということが途方もないことに思える。その一冊は誰かの人生から生まれた一冊で、他の誰かの人生にも積み重なり、だから物語自身は作者のものでも、読者ものでもなくなってゆくはずなのにこれはわたしの本なのだ。並ぶ本を見ると砂浜を思う、そのひとつぶひとつぶが砂の浜を作っているのに砂つぶは砂浜ではないのだ。 今回のクリフェスでは初めて顔を合わせる作家さんが何人かいて、そのうちのひとり、陶芸家のカレンさんと本の話で盛り上がった。(彼女は作品も本人もとても可憐なのでカレンさんと呼ぶ、主食に金平糖を食べていそうな女性だ) カレンさんの作品のなかに、角が取れた馬の置物があった。眠っているような、そもそも夢の中に生きているような

すずめや
5月5日読了時間: 3分


いなくなっちゃった
春の京都、一乗寺にて、お世話になっている恵文社さんのスタッフさんと酒を呑みに行った。 いろんな雑談をするけれど、やっぱり到着するのは本の話。そのうちの一片に、本人と書くものとのギャップの話があって、あの作家はこんな作風なのにこんな話しかたをするなんてイメージに合わない、とかあの人はそのままだった、とかそういう勝手な話で笑っていた。 そのなかで祖父江さんの話も出た。というかわたしが出した。 まだ大学生だったころ、彼の講義を他大学に聴きに行った。製本を始めていたかどうか、記憶は定かでない。出不精なのにわざわざ電車に乗って行ったのだからおそらく製本を始めていたのじゃないかと思うが、本当に思い出せない。 大学の講師はみなデザイナーだったり建築家だったり、ほんものの仕事をしている人たちだったけれど、わたしは祖父江さんの、あの印象を忘れることができない。 小さなころ、うちにあった吉田戦車の"伝染るんです"。祖父江さんの装丁でもきっと有名な本だと思う。わざと乱丁を作って出版されたその本は当時ちょっとした混乱を起こして話題になったのだそうだ。...

すずめや
4月28日読了時間: 3分
京都へ
花巻神戸間の飛行機がなくなってしまって、関西にはどうやってくるのがいいだろう、と考え、仙台関空のLCCもあるのだけど、せっかくだし夜行バスでやってくることにした。 夜行バスだと宿賃も浮くし、それに少々、夜行バスの雰囲気が気に入りつつもある。 年齢層は意外と広い。というか、わたしのような中年層はほとんどいなくて、もう少し上の方々と若い人たち、という意味で広い。 いわゆる働き盛りが少ないのだ。 そこには若年層ならではの有り余る時間を食い潰すためのあの怠惰な夜と、ぐったりと眠りこける歳上の人たちの短くなった人生の一夜が混ざっている。 わたしは住んでいるところから比べると大都会に向かうために夜行バスに乗るのだけど、その行先に溢れている情報や忙しい日常にはない空虚、わたしの住んでいるところにもない空虚が漂っていて、良いバイブスというのでは決してなく、寝る前にスマホをただスクロールしているあの時間、のような虚しい空気があって、なんだかとても落ち着く。 ワーカホリックなのでのんびりした暮らしなれど家にいたら朝から晩まで仕事ばっかりしているし、仕事しつつ家事もや

すずめや
4月23日読了時間: 2分


春の風景
うぐいすが鳴き始め桜も咲き始め春爛漫。 家のまわりにはいまシジュウカラがたくさん来ていて気温の高まりと共にテンションをあげてゆく憎き屁こき虫どもを啄みまくっている。シジュウカラはちいさいがけっこう度胸があるようで、網戸越しに猫がクラッキングしても、忍者ヤン子が網戸にへばりついてもあんまり気にせずにそのへんで群れている。 今日はシジュウカラを蹴散らさんがごとくにカケスのでかめの群れが来ていたみたいだ。庭先だけでなくふたつ向こうの畑にもたくさんいて、彼らは派手だし飛び立つとシジュウカラよりもよく目立つ。 正気のない茶色けた、枯れたように見える裸の広葉樹の枝々のなかに萌葱色の新芽を吹き出してゆく木々がある。自然のことなのに、その萌葱色はまわりから浮いていてわたしの目にはすこし奇異にうつる。山桜のうす桃色はそうでもないのに、萌葱色の宇宙船みたいに、枯れた色の山に浮いている。 萌え出で始めた新芽たちはよく見ると個性のあるもので、ふわふわの産毛のあるものも多い。葉っぱにも産毛というのがある、ということはやはり新芽は赤ちゃんということになるんだろうか。...

すずめや
4月20日読了時間: 4分


にっき
朝方になってごはんをねだりに甘えん坊になるみんみのすりすりゴロゴロをいなす。つかんで布団に引きずりこんでみるけれど起きたなと言わんばかりに布団からすり抜けて頭をごつんごつんぶつけてにゃあと鳴き、ごはんをねだる。もっと寒いころには布団に引きずりこむことでみんみがあたたかさに負けてくれて一緒に二度寝もできたけどらもうそこまでの気温でもない。まだ眠りたかったが根負けして起きる。 昨日の作業がやりかけだったので猫たちにごはんをやってそのまま一服もせずパジャマのまま作業にかかってしまった。昨日の晩ごはんの洗い物をなんとなくする気になれなかったのも一因。このまま夫が起きてわたしの作業中に洗い物をしてくれますようにと祈りながら仕事に没頭してゆく。 しかし彼は今日は思ったよりずーっとお寝坊だった。ちょっと心配になるくらいのお寝坊で、勝手に洗い物がなくなることを期待していた気持ちを裏切られた理不尽な苛立ちがなくなるほどで、そういえば昨日体調がよくないと言っていたなと思い出す。 諦めて洗い物に手を出して、久しぶりにアイスコーヒーを淹れてぐびぐび飲んだ。いつぶりのアイ

すずめや
4月16日読了時間: 5分


新しいのをいろいろ
先日の丸善出展中、暇な時間に余った包装紙を切って封筒をつくり、ノベルティでお渡ししていた。 コンビニに置いてあるATMの現金封筒のサイズ、そのへんにあった厚紙で展開図を引き、以前つくった自前の包装紙を切り取って、丸善で買ったスティックのりでつくった。冷蔵庫のありあわせで作った野菜炒めのようなものだ。 自前の包装紙で作ったにもかかわらず何枚も何枚も作っていると飽きがくる。というか実は包装紙を印刷所に出して、それを商品として仕立てるために袋詰めをしている時点でなかばこの柄に飽きていた。おきゃくさんのお手元に届くのはごく少ない枚数だけれど、わたしは何枚も見続けたので飽きが来るのは当然のことなのかもしれない。けどなんかそのときに、ムラッと、いや、もっといいのが作れるんじゃねえの、という気が湧いた。 こういう負けん気みたいなものを起こしたのは、その出展中に雨が続いて、美しき桜が無惨に散るのを眺め、立派なチューリップの花弁がはげていくのを見ていたからかもしれない。岩手にはまだきてない春がここにはあったってのに、諸行無常だよな、なんて風景が続いた日々だった。.

すずめや
4月11日読了時間: 4分


桜散り
やってくる途中の新幹線の車窓からは、枯れ木に花を咲かせましょうのあの文句がぴったりの風景が流れていた。東京に近づくにつれて開花してゆくさくら、さくら。 いざ到着してみるとほとんどの日はくもりぞら、雨に風も強くて雨まで降り出し、丸善の大きな窓から見える桜も道端の花もどんどこ散ってゆく。雨の日の本屋さんはやっぱり静かで、自動ドアから突入してくるビル風は向かいの作家さんのアクセサリーをぶっとばしてゆく。 晴れたら晴れたで、大きな窓から差し込む直射日光にてんやわんやで出展者さんたちにいろいろとお世話になってしまう始末だ。なんか全体的にごっちゃりとした、へんな一週間。 居候先の妹んちには愛する姪っ子ちゃんがいて、それを楽しみに東京にやってくるのだけどなんと旅行に行ってしまった。朝から晩まで出展し、なんとなく帰りの足取りはとぼとぼとしてしまう。 ごちゃごちゃ考えることがあって、そのうちゲボでも出そうだったけれどおかげでいろいろ整理がついた。散ってゆく桜を見ながら。整然とした日本橋の歩道に散り積もった花弁を、お掃除のお姉さんが履き清めてゆく。ちりとりにおさまっ

すずめや
4月6日読了時間: 2分


東京へ
一ヶ月おうちにこもっていたがついに東京へ出るときが来た。日本橋丸善一階、なじみの場所だ。東京にいる妹のところに居候させてもらうし、慣れないビジホ住まいのほかの遠征よりは気安い。丸善の営業時間はたしかに長いけれど今回はお手伝いに来てくださる方がおられるし(これは驚くべきこと)、久しぶりに会えるお客さまとのお話も楽しみだ。 楽しみではあるがたいへんに寂しい。 朝から晩まで家族たちと過ごし続けた日々が終わってしまう。もっちりとしたモンティーヌを揉めないしぬげたとお散歩にいけないしみんみのけつ叩き病の発作に付き合うこともないしヤン子と追いかけっこができないし騒ぐめーめを抱きしめることもかめきちの甲羅を撫でて嫌がられることもできない一週間。 朝を眺め夜を眺め雨を眺め雲を眺め日々伸びて行く新芽を確認し日々増えてゆくクロッカスを確認し風を家に通し夕方になって寒くなって窓を閉め、春カメムシの捕獲をし気がむくままに外に出て薪を割ったりふきのとうパトロールをしたりすることのできない一週間。 これを寂しいと言わずになんというのかわからない。夫のごはんも食べられないし。

すずめや
3月31日読了時間: 2分


さいごの冬
きのうは夜遅くから大風が吹き始めて眠って起きると久しぶりに真っ白の世界。 天気予報を見るとこれが最後の雪であるらしい。最後の雪は世界を塗り替えはしたものの、あっという間に儚く溶けて、お昼前にぬげたの散歩に出たときはもう道路は乾いていた。 ぬげたは久しぶりのふかふかの雪に喜んで、積もった地面に頭やおなかを擦り付けてはあはあ息を荒くしていた。この地面にからだを擦り付けるぬげたの行動を、はじめはジャングルブックのでかい熊のやるような背中掻きに近いものだと思っていたけれどこれはどうも地面の感触を嬉しがっているためらしい。 道路の脇では水仙が芽を伸ばしている。 枯れた落ち葉を突き抜けて芽を伸ばしているものがある。 落ち葉は軽いし、針やナイフで素早く刺すならともかく、水仙の芽の伸びる速度に鋭さならば突き抜けることなどなさそうに思うが、もしかしたら見ないうちにすごい速度で芽を伸ばして落ち葉を突っ切るのかもしれない。それはまばたきのあいだのことかもしれない。数えきれないほど伸びている水仙のうちの一本が、いま目の前でまばたきの間に落ち葉を貫き伸びて、それがわたしに

すずめや
3月21日読了時間: 3分
やまんなかいこう
ここ数日ぬげたの散歩を担当していた。 雪解けも進みまわりの山のなかはやぶもなく、吸血虫もほとんどいない。枯れ葉の地面にはだかの木々が立ち並び見通しが良い。なにも芽吹いていないので貴重な草木を踏んでしまうこともない。山のなかにわけいっていくには最も安全な季節である。 というわけでぬげたをいつもの散歩道から外れて山んなかにいこうと綱を引っ張っていった。かねてからあの木の近くにゆきたいと思っていた木が見える。歩道から10メートルもないくらい。そんくらいならばぬげたも付き合ってくれるはず、さあいこう友よ、ほんのちょっぴりの冒険だ。 だがしかしぬげたは踏ん張る。 山んなかに入ってはくれるが、せいぜい行っても4、5メートル、だいたい2、3メートル付近で歩道にもどりたがる。おめえそれじゃ冒険になんねえだろうが。綱を引っ張ってもたっぷりとしたあごの毛皮が首輪に押されてマフラーのようになってぬげたの顔面までが中央によってくしゃりとなる。ぬげたはくしゃりとなって小さくなった栗色のひとみでこちらを見つめ、そっちのほうには行かないと頑なである。 そんならいいよと諦めてい

すずめや
3月16日読了時間: 3分
散歩
今日はよく晴れて美しい日だった。 あんまり外がきらきらしているようなので、窓にかけているビニールを何箇所か取り払った。 まずは作業台むかいの大きな窓の。続いてわきの廊下の。 久しぶりにたっぷりの太陽光が入ってきて、暖かくはなかったけど網戸を開けた。久しぶりに風がすり抜けていく感覚。陽にあたって猫の輪郭が淡くぼやける。発光しているようだ。薄いカーテンも取り払った。洗濯にかけようと思う。その前に窓ガラスを磨かないと。 夫をふきのとう取りに誘うと車を出してくれてすこし遠出の散歩になった。かねてから降りてみたかった川のそばまで降りてみた。冗談みたいに澄んだ水の中にはおさかなはぜんぜんいなかった。川はごろごろのでかい岩や石や木の枝が沈んでいて荒々しい感じの川だ。近くにはうさぎの糞や鹿の糞が落ちていた。うちのまわりにはないものだ。なかなかうさぎは見かけないし、鹿にも会えていないけれど確かにこんなそばにいるのだ。この川の水を飲みに来るのだろう。こんな足場の悪いところでお水を飲むなんて、うちの犬猫は水を飲むのに危険なんていっこもない。自分のボウルからぺちょぺちょ

すずめや
3月12日読了時間: 2分


没頭
ずーっと製本ばかりしている。 まあいつものことではあるけれども。 とにかく作り溜めをしたい、先のほうをみておかなくちゃならない、不安を振り切るのにいつも積み重ねることしか武器がない、弱いわたしの弱い唯一の武器。春が早くきたらいいのに。まだ寒いからアトリエの障子は締め切ったままで、朝も昼も夜も風景が変わらないように思えて、進んだだろうか、進んでいるんだけど、不思議な気持ちだ。冷めている、冷えている、そんなかんじ。 かたまった頭で振り返るとうしろのストーブのまわりで猫が何匹も丸くなって眠っている。たまに起きて作業台に飛び乗っては揃えた紙に頬擦りをして落とそうとする。犬がちゃかちゃかと爪の音を立てながらアトリエに続く廊下をこちらにむかってくる。そういうことで少しだけ緩む。 一心不乱になっているのとは違う、がんばろうがんばろうと鼓舞しているのとは違う、なんだかかたくて冷たい感じで、あんましよくないような気もするし、もとから持っていた気質のような気もするし、わからない、とりあえずとにかく、作る。

すずめや
3月9日読了時間: 1分
終わった
終わったぞ確定申告が終わった。 今年は知恵者のチャッピーがそばについててくれたので数字の意味がいつもよりわかってしまいかなりへこむ結果となった。ものを知らないというのはある意味で幸せなことだ。いつもなら終わったという事実だけで小躍りする場面だが寝っ転がってふてくされている。知らなかったんだもんだって。わかってなかったんだもん。そんなにふてくされていてもしょうがないからなにかよかったことを書こう。 日本一のクラフトフェアである(と思っている)まつもとクラフトに出られることになったがレンタルテントの申し込みには落ちた。車もないのにどう搬入するんだいとずうっと不安にしていたが、メールでの提出物ついでに実行委員会に実情と陳情と共にみんなはどうしてるのかと問い合わせをしてみたらちょうどその日にレンタルテントのキャンセルが出たらしくそのテントを使わせてもらえることになった。搬入の不安がこれで八割の解消をみた。あとはたくさん作って持っていくだけだ。 けさは久しぶりに雪が降った。 やっぱり青い雪の景色は良い。美しい。降ったけれど日中の気温は高くて、積もりたてのあ

すずめや
3月4日読了時間: 3分
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