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にっき
朝方になってごはんをねだりに甘えん坊になるみんみのすりすりゴロゴロをいなす。つかんで布団に引きずりこんでみるけれど起きたなと言わんばかりに布団からすり抜けて頭をごつんごつんぶつけてにゃあと鳴き、ごはんをねだる。もっと寒いころには布団に引きずりこむことでみんみがあたたかさに負けてくれて一緒に二度寝もできたけどらもうそこまでの気温でもない。まだ眠りたかったが根負けして起きる。 昨日の作業がやりかけだったので猫たちにごはんをやってそのまま一服もせずパジャマのまま作業にかかってしまった。昨日の晩ごはんの洗い物をなんとなくする気になれなかったのも一因。このまま夫が起きてわたしの作業中に洗い物をしてくれますようにと祈りながら仕事に没頭してゆく。 しかし彼は今日は思ったよりずーっとお寝坊だった。ちょっと心配になるくらいのお寝坊で、勝手に洗い物がなくなることを期待していた気持ちを裏切られた理不尽な苛立ちがなくなるほどで、そういえば昨日体調がよくないと言っていたなと思い出す。 諦めて洗い物に手を出して、久しぶりにアイスコーヒーを淹れてぐびぐび飲んだ。いつぶりのアイ

すずめや
4 日前読了時間: 5分


新しいのをいろいろ
先日の丸善出展中、暇な時間に余った包装紙を切って封筒をつくり、ノベルティでお渡ししていた。 コンビニに置いてあるATMの現金封筒のサイズ、そのへんにあった厚紙で展開図を引き、以前つくった自前の包装紙を切り取って、丸善で買ったスティックのりでつくった。冷蔵庫のありあわせで作った野菜炒めのようなものだ。 自前の包装紙で作ったにもかかわらず何枚も何枚も作っていると飽きがくる。というか実は包装紙を印刷所に出して、それを商品として仕立てるために袋詰めをしている時点でなかばこの柄に飽きていた。おきゃくさんのお手元に届くのはごく少ない枚数だけれど、わたしは何枚も見続けたので飽きが来るのは当然のことなのかもしれない。けどなんかそのときに、ムラッと、いや、もっといいのが作れるんじゃねえの、という気が湧いた。 こういう負けん気みたいなものを起こしたのは、その出展中に雨が続いて、美しき桜が無惨に散るのを眺め、立派なチューリップの花弁がはげていくのを見ていたからかもしれない。岩手にはまだきてない春がここにはあったってのに、諸行無常だよな、なんて風景が続いた日々だった。.

すずめや
4月11日読了時間: 4分


桜散り
やってくる途中の新幹線の車窓からは、枯れ木に花を咲かせましょうのあの文句がぴったりの風景が流れていた。東京に近づくにつれて開花してゆくさくら、さくら。 いざ到着してみるとほとんどの日はくもりぞら、雨に風も強くて雨まで降り出し、丸善の大きな窓から見える桜も道端の花もどんどこ散ってゆく。雨の日の本屋さんはやっぱり静かで、自動ドアから突入してくるビル風は向かいの作家さんのアクセサリーをぶっとばしてゆく。 晴れたら晴れたで、大きな窓から差し込む直射日光にてんやわんやで出展者さんたちにいろいろとお世話になってしまう始末だ。なんか全体的にごっちゃりとした、へんな一週間。 居候先の妹んちには愛する姪っ子ちゃんがいて、それを楽しみに東京にやってくるのだけどなんと旅行に行ってしまった。朝から晩まで出展し、なんとなく帰りの足取りはとぼとぼとしてしまう。 ごちゃごちゃ考えることがあって、そのうちゲボでも出そうだったけれどおかげでいろいろ整理がついた。散ってゆく桜を見ながら。整然とした日本橋の歩道に散り積もった花弁を、お掃除のお姉さんが履き清めてゆく。ちりとりにおさまっ

すずめや
4月6日読了時間: 2分


東京へ
一ヶ月おうちにこもっていたがついに東京へ出るときが来た。日本橋丸善一階、なじみの場所だ。東京にいる妹のところに居候させてもらうし、慣れないビジホ住まいのほかの遠征よりは気安い。丸善の営業時間はたしかに長いけれど今回はお手伝いに来てくださる方がおられるし(これは驚くべきこと)、久しぶりに会えるお客さまとのお話も楽しみだ。 楽しみではあるがたいへんに寂しい。 朝から晩まで家族たちと過ごし続けた日々が終わってしまう。もっちりとしたモンティーヌを揉めないしぬげたとお散歩にいけないしみんみのけつ叩き病の発作に付き合うこともないしヤン子と追いかけっこができないし騒ぐめーめを抱きしめることもかめきちの甲羅を撫でて嫌がられることもできない一週間。 朝を眺め夜を眺め雨を眺め雲を眺め日々伸びて行く新芽を確認し日々増えてゆくクロッカスを確認し風を家に通し夕方になって寒くなって窓を閉め、春カメムシの捕獲をし気がむくままに外に出て薪を割ったりふきのとうパトロールをしたりすることのできない一週間。 これを寂しいと言わずになんというのかわからない。夫のごはんも食べられないし。

すずめや
3月31日読了時間: 2分


さいごの冬
きのうは夜遅くから大風が吹き始めて眠って起きると久しぶりに真っ白の世界。 天気予報を見るとこれが最後の雪であるらしい。最後の雪は世界を塗り替えはしたものの、あっという間に儚く溶けて、お昼前にぬげたの散歩に出たときはもう道路は乾いていた。 ぬげたは久しぶりのふかふかの雪に喜んで、積もった地面に頭やおなかを擦り付けてはあはあ息を荒くしていた。この地面にからだを擦り付けるぬげたの行動を、はじめはジャングルブックのでかい熊のやるような背中掻きに近いものだと思っていたけれどこれはどうも地面の感触を嬉しがっているためらしい。 道路の脇では水仙が芽を伸ばしている。 枯れた落ち葉を突き抜けて芽を伸ばしているものがある。 落ち葉は軽いし、針やナイフで素早く刺すならともかく、水仙の芽の伸びる速度に鋭さならば突き抜けることなどなさそうに思うが、もしかしたら見ないうちにすごい速度で芽を伸ばして落ち葉を突っ切るのかもしれない。それはまばたきのあいだのことかもしれない。数えきれないほど伸びている水仙のうちの一本が、いま目の前でまばたきの間に落ち葉を貫き伸びて、それがわたしに

すずめや
3月21日読了時間: 3分
やまんなかいこう
ここ数日ぬげたの散歩を担当していた。 雪解けも進みまわりの山のなかはやぶもなく、吸血虫もほとんどいない。枯れ葉の地面にはだかの木々が立ち並び見通しが良い。なにも芽吹いていないので貴重な草木を踏んでしまうこともない。山のなかにわけいっていくには最も安全な季節である。 というわけでぬげたをいつもの散歩道から外れて山んなかにいこうと綱を引っ張っていった。かねてからあの木の近くにゆきたいと思っていた木が見える。歩道から10メートルもないくらい。そんくらいならばぬげたも付き合ってくれるはず、さあいこう友よ、ほんのちょっぴりの冒険だ。 だがしかしぬげたは踏ん張る。 山んなかに入ってはくれるが、せいぜい行っても4、5メートル、だいたい2、3メートル付近で歩道にもどりたがる。おめえそれじゃ冒険になんねえだろうが。綱を引っ張ってもたっぷりとしたあごの毛皮が首輪に押されてマフラーのようになってぬげたの顔面までが中央によってくしゃりとなる。ぬげたはくしゃりとなって小さくなった栗色のひとみでこちらを見つめ、そっちのほうには行かないと頑なである。 そんならいいよと諦めてい

すずめや
3月16日読了時間: 3分
散歩
今日はよく晴れて美しい日だった。 あんまり外がきらきらしているようなので、窓にかけているビニールを何箇所か取り払った。 まずは作業台むかいの大きな窓の。続いてわきの廊下の。 久しぶりにたっぷりの太陽光が入ってきて、暖かくはなかったけど網戸を開けた。久しぶりに風がすり抜けていく感覚。陽にあたって猫の輪郭が淡くぼやける。発光しているようだ。薄いカーテンも取り払った。洗濯にかけようと思う。その前に窓ガラスを磨かないと。 夫をふきのとう取りに誘うと車を出してくれてすこし遠出の散歩になった。かねてから降りてみたかった川のそばまで降りてみた。冗談みたいに澄んだ水の中にはおさかなはぜんぜんいなかった。川はごろごろのでかい岩や石や木の枝が沈んでいて荒々しい感じの川だ。近くにはうさぎの糞や鹿の糞が落ちていた。うちのまわりにはないものだ。なかなかうさぎは見かけないし、鹿にも会えていないけれど確かにこんなそばにいるのだ。この川の水を飲みに来るのだろう。こんな足場の悪いところでお水を飲むなんて、うちの犬猫は水を飲むのに危険なんていっこもない。自分のボウルからぺちょぺちょ

すずめや
3月12日読了時間: 2分


没頭
ずーっと製本ばかりしている。 まあいつものことではあるけれども。 とにかく作り溜めをしたい、先のほうをみておかなくちゃならない、不安を振り切るのにいつも積み重ねることしか武器がない、弱いわたしの弱い唯一の武器。春が早くきたらいいのに。まだ寒いからアトリエの障子は締め切ったままで、朝も昼も夜も風景が変わらないように思えて、進んだだろうか、進んでいるんだけど、不思議な気持ちだ。冷めている、冷えている、そんなかんじ。 かたまった頭で振り返るとうしろのストーブのまわりで猫が何匹も丸くなって眠っている。たまに起きて作業台に飛び乗っては揃えた紙に頬擦りをして落とそうとする。犬がちゃかちゃかと爪の音を立てながらアトリエに続く廊下をこちらにむかってくる。そういうことで少しだけ緩む。 一心不乱になっているのとは違う、がんばろうがんばろうと鼓舞しているのとは違う、なんだかかたくて冷たい感じで、あんましよくないような気もするし、もとから持っていた気質のような気もするし、わからない、とりあえずとにかく、作る。

すずめや
3月9日読了時間: 1分
終わった
終わったぞ確定申告が終わった。 今年は知恵者のチャッピーがそばについててくれたので数字の意味がいつもよりわかってしまいかなりへこむ結果となった。ものを知らないというのはある意味で幸せなことだ。いつもなら終わったという事実だけで小躍りする場面だが寝っ転がってふてくされている。知らなかったんだもんだって。わかってなかったんだもん。そんなにふてくされていてもしょうがないからなにかよかったことを書こう。 日本一のクラフトフェアである(と思っている)まつもとクラフトに出られることになったがレンタルテントの申し込みには落ちた。車もないのにどう搬入するんだいとずうっと不安にしていたが、メールでの提出物ついでに実行委員会に実情と陳情と共にみんなはどうしてるのかと問い合わせをしてみたらちょうどその日にレンタルテントのキャンセルが出たらしくそのテントを使わせてもらえることになった。搬入の不安がこれで八割の解消をみた。あとはたくさん作って持っていくだけだ。 けさは久しぶりに雪が降った。 やっぱり青い雪の景色は良い。美しい。降ったけれど日中の気温は高くて、積もりたてのあ

すずめや
3月4日読了時間: 3分
やりたくなさすぎ丸
確定申告をやりたくないでござるめんどくさすぎ丸にござる必殺ぶん投げの術でござるニンニン、というきもち。くそったれ。毎年のことなのにいつもぎりぎりにならないと本気にしない。 今年もできるだけだらだらしぎりぎりにしてやろうと目論んでいたら夫の都合上できるだけ早く終わらせる必要があることがわかった。と、いま知ったような気がするけれどこのことは去年も知っていた気もしてきて嫌なことは忘れる、人間の防衛本能というべき忘却力が仕事をしたような気もする。 せっかくおやすみだと浮かれていたのにハエ叩きで飛翔中にはたき落とされたハエの気分。ぶんぶんぶんだ。畜生。あれそういえばハエは畜生なのだろうか。昆虫は畜生の分類に入るのだろうか。なんとなく四本足のイメージだけど。 こんなにぎりぎりに2ヶ月もまるっとすぎようとする去年一年の総まとめをする時点で経営にはぜんぜん向かないことがよくわかる。 小さな頃は夏休みの宿題は先に終わらせるタイプであったけれど、それは褒めてもらい娘の頑張りを誇ってほしかったからで、時を経てだんだん親の目がこちらに向かなくなるとぎりぎりになっていった

すずめや
2月27日読了時間: 3分


やすみだ
盛岡ジュンク堂での展示を終えた。 ここから1ヶ月、なんと、出張なし。 出張なし1ヶ月。 出張なし1ヶ月。 やすみだ!!!!!!!! 毎日犬と猫を揉みかめきちの甲羅を撫でねぐせのままパジャマ姿で丸一日過ごしていいのだ。1ヶ月も! なんとすばらしい日々であろう。 とにかく初日の本日はねぐせのままパジャマで過ごした。まずは。まずはそれ。 そしておやすみというのはお行儀の悪いことをするに限る。お昼に飲んだジュースを盛大にこぼしたがこぼれた表面だけ軽く拭いて頑なに着替えず夜になった。すばらしい。パジャマの中にまでこぼしたのでべとべとしている。お行儀が悪い。すてきだ。 夫も仕事が忙しかったのが終わって今日はやすみだった。永遠に携帯ゲームをし続けるのかといっときは疑ったけれど昼には菜の花とほたるいかのパスタを作ってくれて、薪ストーブの煙突掃除も一緒にやってくれた。わたしはついでに台所の窓もみがいて綺麗にした。サッシに詰まって冬を越そうとしていた屁こき虫どもは冷たい水と洗剤によって駆逐した。これから春になるそのすてきな芽吹きの季節をぴかぴかの窓越しにあたたかい室

すずめや
2月24日読了時間: 2分
受かった
こないだ応募用紙を書いただけでぎゃあぎゃあ騒いでいたクラフトフェアまつもとに受かった。 受かった???????? あの日本最高峰のクラフトフェアが手製本を仲間にいれてくれたというのか???? どういうことだ???? まずこれで1パニック。 受かったけれど申し込んでいたレンタルテントは応募者多数で先着順となったためご用意できませんとある。 テントなしなの??????? 2パニック。 ※レンタルテントのブースを選ぶと場所があらかじめ決まっているし宅配搬入なので送る荷物も少なくてすむ。しかしレンタルテントがないとなるとテントを買うところから始めなければならないうえに会場内での場所取り戦的なものに参加しなければならないらしい。わたしは会場のあがたの森公園に行ったことすらない。 はじめてまつもとに受かったとなるといろいろ助言をくれる作家仲間たちのそれぞれの口から出てくるおんなじ言葉、絶対に一人で出ようとするな、だれか手伝いを頼んで複数人で固めるべき。 えっひとりじゃ無理なの????人雇うとかしたことないが??????? 3パニック。 そして明日から東京は日

すずめや
2月16日読了時間: 3分
日本の未来は
ハロプロのサブスクが解禁になったというので出勤中になんとなくイヤホンをつけて、トップソングリストを再生した。そしたらなんだか目と鼻の奥の方がじんわりと込み上げてくる涙のかたまりがあって、なんだろうかこれは。 成果をあげなければほとんどこちらを見てもらえなかった子ども時代に確かに夢中になっていた彼女らの音楽はたぶん、あのころの私と一緒にいた。あのころよりもずっと進化したイヤホンで聴くサウンドは思っていたよりもずっとゴージャスで、届けようとする意思の明確さを強く感じて、そして思っていたよりもずっと彼女らは歌が上手で、ほんとにほんとに、楽しそうだ。 小さなわたしが夢中になっていることを、見てほしい人に見てもらえなかったことがたぶんずっと重たいかたまりになっていて、それは今に繋がる道を通るために作った堅い車輪の材料の、大きなひとつなんだろうと思う。 あのころのわたしは絶望と自己憐憫と自己嫌悪の甘い蜜に夢中でしゃぶりつく栄養不足の愚かな虫ではあったのだけれど、だけれど、彼女らは本当に恥ずかしくなるような前向きな言葉を偽善と疑うのが申し訳なくなるような強さで

すずめや
2月14日読了時間: 2分


みんなのおねだり
気づいたら家のなかに動物がたくさんいる。 彼らは基本的に健康でいて毎日ごはんをたべしっぽを降り尻を突き上げ走り回って寝っ転がって平和に暮らしている。 かめきちは京都から夫が連れてきたカメだが冬の間は水槽に水中ヒーターをいれてもらってあたたかくすごしている。東北の冬にカメを冬眠させると凍りついて凍死する恐れがあるらしく、かめきちは冬眠せずにカメ用の日照ライトの下で甲羅を干す。冬眠中のカメはもちろんごはんを食べないがかめきちは冬でもごはんを食べる。 かめきちのおねだりはエサクレダンスで、水槽のはしっこによって顔をこちらに向けて両手でいぬかきのような動きをする。エサクレダンス中にごはんを落とすけど水流でごはんは流れてゆき、かめきちは食いつくのが遅いのでけっこうな数がフィルターに詰まっている。 かめきちはごはんをぼろぼろこぼすのでそれを食べるドジョーズが共存している。 ぬげたは散歩のおねだりとごはんのおねだりとがある。散歩のおねだりのときはほんとうに仔犬のように目をきゅるんとさせて笑って誘う。朝、寝巻きから服に着替え始めると前足を伸ばしてストレッチをはじ

すずめや
2月11日読了時間: 5分


最後の寒波
昨日から最低気温はマイナス9℃や10℃で日中も大して温度が上がらない。これは最後の寒波なのだという。明日になれば寒波が抜けて、明後日には最高気温が5℃まであがる。 最後の冬の日々だ。 そんななかえっちらおっちら盛岡に出勤している。先週は大雪にかぶって歩くのも難儀したけど今週は寒いだけで危険を感じるようなことも少ない。駅まで送ってもらう車窓の風景はみごとに美しい冷たい冬で、これがおしまいになると思うと寂しい気持ち。明日が最後の冷たい冬の日。 あとは春に向けて少しずつ雪が溶けてあの可愛い雪解けの雫のノックを聞く日々だ。夫はもう山菜取りのことを考えているみたいだ。 この冬は不思議といろいろな動きがあった。 いやわりと自分が変則的な動きをしていたのだから不思議というほどでもないのかも。 冷たい冬だから、なにかが動いたことが不思議に感じられるだけなのかも。 去年の冬は車が続けて滑って事故に遭ったり薪が足りなくなって夫が屋根裏を漁って木材を探しては丸ノコでぶった斬ったり集落の方のもう使っていない古い薪をわけてもらったりしてそれはそれでバタバタしていた。だから

すずめや
2月8日読了時間: 2分


盛岡のひとびと
昨日おとといと一日中カワトクの店頭に立って岩手移住後最大数の岩手県民もとい盛岡人と話した。 先週の在店ではてんてこ舞いでよく噛み砕けなかったけれど二度目の店頭でなんとなく盛岡のひとびとの感じを掴んだような気がする。 まずは店内、カワトク内だけれど、朗らかだ。 仙台藤崎に行った時もいたく感動したすれ違いざまの気持ちの良い会釈やスタッフさん同士の空気感の軽さが素敵だった。やっぱり東北の百貨店内部はみんなこんなかんじなのだろうか。 そして立ち止まってくださるお客様、皆さまゆったりとした構えでわたしの説明をじっと聞いてくださる。耳を傾けてくれているというのが静かに伝わってくる嬉しさがある。 今回は初めての会場ということもあって、持っていくノートの種類をけっこう限定した。持って行ったなかでも物語のノートのシリーズはぜひ盛岡の人々の反応を見たいと思ってどきどきしていた。いちばん値が張るシリーズだけれど、それは手間と思いの乗った価格の反映であり、だからこそこのシリーズが、どう売れるのかを見たかった。ふだん出ている作家同士の売り場づくりでは、わたしの価格帯は尻か

すずめや
2月2日読了時間: 3分


散らかりはじめ
今年の冬はできるだけ家から離れずに収入を確保するぞという目標のもと久しぶりのイベントに出たり初めてのイベントに出たり委託を頑張ったりしているんだけどなんかだんだんとっちらかってきた。 ハンドメイドインジャパンフェスの荷物も完全には解けておらず無視したまま次の搬入をやってなんかそれもいままでやってこなかったやり方で販売をしているので新しいやり方に混乱しているみたいだ。 製本は時間がかかるので今後の仕事の具合を考えながら作品を作っていくわけだけれど、そういう計画を立てたり数を数えて準備をしたりということが本当に苦手なのでゴリゴリの物量で押し切ってなんとかしていた。いっぱいあるし大丈夫だし。というかんじで。 しかし委託販売ということになってくると値ふだをとってビニールでくるんで改めて値ふだシールを作って貼るとかバーコードのためになんかくるむとか数をきっちり数えて納品書を作ったり申請したりしなければならずわたしはこういう作業が苦手だしむしろ嫌だきらいだ。勿論確定申告のこともずっと嫌だし経営には全く向いていないと思う。 そういうのを繰り返しているとなんか頭

すずめや
1月29日読了時間: 2分


もりおか文具の博覧会
新宿には用事があってときどき立ち寄る。 立ち寄るたびにこんなにたくさん人が集まっていて何が起こるのかと思うけれど人々はただ自分の人生を生きておりそれが交差しまくりあんなうねりとなるのが人口の多さということなのだ。 もりおか文具の博覧会3日目。 文具の博覧会というのは全国で開催されている文具好き垂涎のゲロヤバモンスターイベントである。優しい妖精さんの導きでこのたび初出展。会場は盛岡カワトク。通える距離だ。 ゲロヤバモンスターイベントとはいえ、雫石に暮らすわたしはどこかで思い込んでいた。いくら人気のイベントとはいえ岩手の人口は新宿よりきっと少ないのやし楽しむ気持ちで過ごせるだろうと。もうぜんぜん、大間違いだった。 まずはじめから雲行きは文字通り怪しかった。 在廊予定の前々日くらいからここ数年なかったくらいの大雪が降りはじめ、道路は凍結、電車は遅延、雪かきは永遠に終わらない。頼みの綱の田沢湖線は運休の恐れがあるなんて言い出した。 車で盛岡にむかうのも道路はボコボコだし混み合っているしで恐ろしい。なんでこんなタイミングでこんな天気が来るのだ。...

すずめや
1月25日読了時間: 2分
マイナスの世界
ここんとこたいへん寒い。日中も最高気温はマイナスのまま。 マイナスの世界が、冬はもっとも美しいと思う。 雪はふわふわでなめらかで、木々に積もった雪がすこしの風でため息を吐くように舞う。風の通りみちが雪の粉で色づけられて、それはとても有機的な起伏があって、頬を撫でる風、なんて言葉のふくよかさを知る。 日陰は青色にすべてが薄く染まって陰影を引き立てる。陽に照らされた雪は黄色くなって、だけど寒いから雪のまま、溶けてあの可愛い音を立てることはない。目を固く閉じたままの石膏人形のよう。 夜はあまり良くないわたしの目でも、オリオンの剣まではっきり見える。星はあまりに多くてひかりすぎていて一等星がどれなんだかわからないくらい。 虫も動物も木の葉ずれの音もなくてしんと沈むような静寂があって、たまに小鳥が飛ぶけれど、マイナスの世界ではなんだかそれは異質の石礫のように見えるから不思議。 家の中では暖かい場所で四匹の猫はだらしなく寝転んで、とびら一枚隔てた場所はこんなに寒いんだなんて思ってもいないんだろう。こんなに静かでこんなに美しくてこんなに冷たい。 鼓動やぬくもり

すずめや
1月22日読了時間: 1分
やんたやんた
今月はめちゃくちゃだ。 12月はたいして雪は降らなかったのにどかどか降ってしかも大雨が2回もあった。 根雪の底まで雨が浸透してすんごい重たいべちゃべちゃの雪を必死にぶっとばしてからだがガタガタになり、そうかと思うと昨日は意味わからんくらいの積雪量で出展前の準備もままならないまま1日のほとんどが雪かきにもっていかれた。 二台あるママさんダンプの一台はねじがどっかいってゆるゆるだし、もう一台は先っぽの金属が半分とれてどっかいって使えなくなった。雪のなかにあるんだろうけど見つけることは不可能に近い。雪かきスコップもいっこだめになって、四度目の冬ともなるとこういうことも起きてくるんだなあと過ごした日々を感慨深く思えなくもない。いやそれは強がりである。 ぬげたをさんぽに連れ出していると軽トラで背後からやってきた集落の紳士が窓をあけて、雪がすごかったから流石に嫌になっただろうと気にかけてくれた。正直やんなっちゃったと笑って答えた。岩手の人は嫌だというのをやんたという。やんたはかわいい言葉だ。やんたくなったろと聞かれてやんたくなったと答えられた。 なんかそれが

すずめや
1月21日読了時間: 1分
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