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いざ愛知
愛知県に、二週間にわたるツアーの開幕である。二週間も家を離れるというのは前代未聞の長期出張である。 嫌である。 家を離れるのが嫌である。 家を離れるのが嫌であることと売り場に立つのが楽しみであるということは両立する。 穏やかな名古屋丸善、お楽しみの九時間屋での宿泊、久しぶりのギャラリーオリジンの特濃のお客さまがた、久しぶりの香嵐渓、クリフェスメンバーとの野外チル出展。楽しみである。 名古屋に着いたらちいかわランドにゆきお誕生日の姪っ子のためになにかかわいいグッズを買わねばならぬ。 ちなみにナガノ先生の漫画のことはもぐらコロッケのころから楽しみに見ていた。最近同い年だと知って勝手に嬉しくなっている。同年代のクリエーターがモンスターコンテンツとなった自分の世界を強固に守りながら日本中を虜にしているのを見るのは嬉しい。ナガノ先生がいつまでも健やかでいますように。ナガノ先生はフロロー判事のことが好きなんだそうだ。よくわかる。わたしも。いいよね。 出張準備でちゃんと頭が回っていなくてできなかった段取りの諸々も考えなければならぬ。 ずーっとバタバタしていろい

すずめや
16 分前読了時間: 2分


自転車に乗って
雨ざらしにしていたら自転車が壊れた。 あたりまえだ。 あたりまえなんだろうけどなんかここならいけるんじゃないかって思っていたがあたりまえにだめんなった。ここに来て人間が健やかになったため感覚としてわかっていなかったのだと思う。愚か。 そしたら最近集落の紳士が使っていない自転車に空気を入れて貸してくれた。近ごろはふだんの仕事に加えてチェンソーをぶんまわしたり三本鍬をふるったりしていてくたびれるのでぬげたの散歩にありがたく自転車を使わせていただいている。わたしの自転車は京都を爆走するのにぴったりのミニベロだったが、紳士の貸してくれたのは変則つきのママチャリで、前カゴに荷物も入れられるしぬげたにあわせた速度で走れる。回覧板だって気軽に回しにいける。素晴らしい。 自転車に乗って散歩するようになり、ぬげたが思ったより早く歩くことに気づいた。いままでやたらひどいひっぱりをする勝手な犬めと思いながら半ば引きずられていたがママチャリではぬげたが走ったって早歩きだってわたしはついてゆくことができる。(夫はぬげたの速度に足でついていけるらしいがわたしはできない。わた

すずめや
10月10日読了時間: 4分


帰宅
充実の京都から帰ってきた。 近ごろ夜行バスでいっているので合計で16時間くらいバスに乗るけど初日に到着して最終日に帰ることができるというのも充実の一端を担っていると思う。だいたい催事は前日搬入だからまえのり一泊があるのだ。 昨日まで雨続きだったという話だけどはじめの二日間は綺麗な秋晴れで公園でお昼におにぎりを食べるのも気持ちが良かった。恵文社すぐの公園はアルバイト先すぐの公園でもあったので思い出深い。仲良くなった恵文社スタッフのゆうさんともここで初めて喋ったらしい。わたしはそのとき公園でストロングゼロのガチ缶を呑んでいたらしくあまり記憶にはないけれど。 闘病中の友人とも朝会ってそのまま出勤するなんて可愛いムーヴをかました。彼女の新しい恋人の顔を拝んでやるためでもあったが、想像していたよりも穏やかで安全そうだったのでよかった。まあこういう想像は常に最悪を想定するものだからだいたいは拍子抜けになる。とにかく彼女が快方に向かい続けることを祈る。 15年ぶりに大学の同窓とも会った。あたまがつるつるであった。なんでなんだよって聞いたところなんと仏師になった

すずめや
10月7日読了時間: 5分
さて京都
月末に小説の締め切りが二本あり、片付けなければならない木材があり、畑の石とりがあり、もちろん製本の仕事もあり、お掃除もあり、犬猫の世話もあり、カメムシ殺しもせねばならず、ぎゅう詰めであった。暮らしってのはたいへんだ。なんかずーっと頑張っていなければならない。 「死ぬほど鍛える。結局それしかないと思うよ。」 鬼滅の刃に出てきた台詞だ。主人公が主人公らしく、でかい岩を切らなきゃならなくなったときに助言役の少女が言った台詞。(少年漫画に出てくる剣士は必ずでかい岩を斬らねばならぬ。そうでなければ少年漫画の剣士たりえないからだ。)そいつを胸に過ごす日々だった。 でももう出張きたもんねっ。 販売は苦手だが、もうここまできたらやれることはやりきってるし頑張らねばならないのは変わらないけどあれもこれもせねばならないということがなくなる。夫には、すごく悪いと思っている。けれど同時に街を歩くこと、普段見ない景色を吸い込むこと、人とたくさんおしゃべりをすること、が変えがたい栄養になりつつあるのも確かだ。家には帰りたいが。 電車に乗ったときから旅が始まる、以前は旅だなん

すずめや
10月2日読了時間: 2分
できたぞ!!
小説が一本、できた! 掌編や詩をかいたり、まあこのブログもしつこく何年も続けているがしっかりとした小説をちゃんと書いて終わらせたのは初めてだ。なんてカタルシス。何ヶ月か前に公募ガイドを買って、ウッヒョウ賞金100万円だってさなどといって浮かれたままここまできた。 でもこれを終わらせられたのは友人のおかげだ。友情に感謝。友情に乾杯。こんなことを臆面もなく言える場面が人生にやってくるとはね。いやこれまでにもあった気もするけどとりあえずいまはそんなふうに思っている。 彼は物書きで歌うたいで、手製本をやっていて、自分の小説をハードカバーに製本して売っていたりもする。3センチはあるだろう、どヘビーなその小説を初めて読んだときは面食らった。知っている人の書いた小説を読むのは初めてだったし、しかも内容があまりにも生々しかった。肉や肌の質感があった。痛みがあり、矛盾があり、欲望にまみれていた。クソヤベー、と思った。 彼とはいろんな面で話が合ったし、お互いがお互いのパートナーを愛しているし、そういう意味でも安心感がある。こんなとこまで共感し合えるのか!という嬉しさ

すずめや
9月29日読了時間: 3分


やまのおまつり
ようやっと!にどめのおまつり参加だ。 毎年この時期は我が集落の山祇神社のまつりなのであるけどもだいたい出張がかぶってしまっていたので移住5年だがこれでにどめの参加となる。万歳! 何日か前から神社の掃除をしたりクソでかいのぼり旗を立てたりしていつもはその準備だけして仕事に行っていたけど今年は参加できるのだ。まつりの準備はよいものだ。 前もなんか書いた気がするけどまつりでは本殿に各家の代表があがりこみ、祝詞をうけ、神楽の人たちがやってくる。彼らも祝詞をうける。かしこみかしこみもうされたってわけ。 おまつりのあいだ神社にかぶせる布はなんかいかした染め抜きの三階松で、大正十年と書かれていた。百年前からあるまつりの祝詞をうけたってこと。スーパーまじないパワーだこれは。わたくしはいまかなりの加護を持っているにちがいない。宝くじを買うか。五億円が当たったらおやしろの屋根と鳥居をなおしてしんぜよう。 ものすごいでかさのお弁当がくばられる。しっかりした味付けの、酒の肴セットみたいなお弁当。呑む。言っとくけど本殿のなかで。当初はびびったけどなんかそういうの気にしない

すずめや
9月23日読了時間: 3分
襲撃者
東京から帰ってきて毎晩夜中に飛び起きている。 東京にいた一週間過ごしていた愛する九時間屋では八時間ねむりそのうち六時間深い眠りというレポートが届いていたが雲泥の差。それもこれも例のどろぼう猫の訪問のおかげである。 どろぼう猫は夜更けにやってくる。主にみんみがどろぼう猫の相手をする。いつかも書いたがどろぼう髭のどろぼう猫はめちゃくちゃに顔が可愛い。だから油断するけどガラス越しにも両目かっぴらいてものすごい形相で襲いかかってくる恐ろしい猫だ。毎晩やってくるので毎晩飛び起きてみんみとどろぼう猫との仲裁をする。というかふたりとも獣の如く猛り狂っているので傍観に近いのだけれど。 しかし先日、思い至りどろぼう猫にゆったりとした瞬きをしてみたところ、どろぼう猫の反応が明らかに友好的になった。 ちょっと前に同時に茶餅丸と呼んでいる茶色のデカデカ猫が来ていて、そいつはぜんぜん威嚇もしなくて、吠えまくるみんみに対してゆったりとしたまばたきをしていたので茶餅丸に習ってわたしもまばたきをしてみたというわけ。猫の世界ではゆったりとしたまばたきは(親愛…大丈夫…仲良くしよ…

すずめや
9月19日読了時間: 2分
隙間仕事
いままで一週間の催事出展中にはたんまり紙を持ち込んで手作業をしていた。開店から閉店までお客さんが途切れることのない、ことなどないからだ。思いのほか待ちの時間というのはあって、その隙に出先でもできる仕事を持ってきていた。 けど近ごろはその時間を文章書きに充てている。 先日買った公募ガイドから広がった夢はそのままゴム風船に詰められてわたしを地上からほんの数ミリ浮かせている。先日の大阪出展中には詩を三遍書き上げて詩の公募に提出した。今回は一本の小説と一本の児童文学を仕上げるのが目標。たぶん全部は書き切れないけれど締め切りは月末なのやしへーきへーき。それに机に向かってものを書いているというのはたとえそれが暇ゆえの作業だったとしてもすごくやってる感が出るしだいぶいい。まあ昨日は三月のライオンの無料大量公開を見つけてしまい永遠に漫画を読んでいたが。 しかしこういうしょうもない壁打ちブログと違ってしっかりと文章を書くってまた違う筋肉だ。ものを書くというのは日常的に続けてきたのでおそらくわたしはマッスルではあるがそのマッスルの使い方を知らない。剛力だからってホー

すずめや
9月13日読了時間: 2分


東京へ
丸の内丸善に出展するため一週間うちを離れるのだ。やなこった。だけど仕事なのやから行くのだ。 最近農業に仕事を変えた夫が、こういう留守のときすごくたいへんな思いをするようになった。以前よりも働く時間が増えたし体力仕事でもあるし。なので2、3日前からちょっとずつ掃除機をかけ(家がでかいのでいっぺんにやるのがたいへんだから)、草刈りをし、小屋周りを片付け、出発の今日は人間と猫のトイレを綺麗にしありとあらゆる詰め替えものをぱんぱんにした。ほら洗剤とか。 今日はよく晴れたけど雨の後でとても蒸した。 本当はシーツとか洗っときたかったけどお天気は味方しなかった。なんだかじっとりとした布団が気がかり。 仕事はぎりぎりまでよくがんばった。たくさんじゃばらを作ったし一週間のあいだプレスしておくノートもしっかり挟んだ。出発30分前まで糊をつけていた。 そんなに頑張っていたのにちゃんとぬげたの散歩にも行った。ぬげたは散歩中息切れするようになってしんどそうなのにまだまだ歩く!って気だけが若くて、もう帰るよって綱を引っ張ってもゼエゼエ言いながらまだ歩くもんて意地を張って、綱

すずめや
9月8日読了時間: 3分
ひまわりについての展望
まあ畑の花といえばひまわりであるのでひまわりを畑に植えるのだ。ひまわり畑、けっこうじゃないか。ロマンじゃないか。お花畑じゃないか。 うちの畑はやたらとでかいため半分を休耕地扱いにして半分に野菜を植える。休耕地にはひまわりを咲かすのだ。ことしはひまわりの半分を直播きとし半分を育苗ポットで育てたのち植え付けを行ったがどうもポットのほうがよく育った。 と思ったが違った。 昨年のこぼれ種から勝手に伸びた野良ひまわりがなんと3メートル級のデカデカひまわりとなり、しかも首が九本に分かれたヤマタノオロチヒマワリとなりいまも風に吹かれている。これはどうしたことだ。丹精込めてポットを用意し育苗用の土を買いタネを撒き蝶よ花よと水をやり世話したひまわりよりも野良ひまわりのほうがモノスゴイ成長を成し遂げたのだ。ヤマタノオロチヒマワリは大嵐が来たときに夫に支柱を立ててもらっていたがそのせいもあるかもしれない。 しかし根本的に、わたしはひまわり畑作りを間違っていたのかもしれない。 チャッピーに聞いてみたところなんとひまわりは交雑をするのだという。たしかに昨年はロシアから来た

すずめや
9月3日読了時間: 2分
近所の神さま
ぜんぜん氏神でもなんでもないけどぬげたの散歩の途中におやしろがあるのでだいたい毎回寄るようにしている。滝の大明神と書いてあるので特にわかりやすいご利益はなさそうだ。まあでもご近所付き合いというのはいいものだ、とこちらに来て思うようになったので寄っている。 たぶん日常的に参拝されている人はほぼいないのじゃないかと思う、立地的にも、人口総数的にも。はじめは神通力パワーでなんとか日々の辛いこと、大雨の日に風呂の水がなんとなく緑色になるのをなんとかしてくれとか月末の支払いがやばいとか出張先でしっかりお客さんがきますようにとかそれっぽいことを願っていた。でも日常的に寄るようになってあんまりそういうことを言わなくなった。 今日もぬげたを引きずって(ぬげたはなぜか鳥居を潜るのが嫌みたい)、おやしろのまえにてんと立ち、二礼二拍手。 かみさまこんにちは、今日は夫が買ってくれたスパークリングワインを飲みたいけどぜんぜん献立が決まりません、そういえばかみさまはスパークリングを飲んだことがありますか、飲んだことがないんならうちにきてちょっとくらい飲んでもいいよ、ぜんぶは

すずめや
9月1日読了時間: 3分
大阪で遊んでるよ日記続き
未だ引き続きうめだ阪急での行商の日々を過ごしております。百貨店で販売をしたあとはお楽しみの時間です。 京都にいて、まだ製本で飯が食えてなかった長い時代に働いてたとこのバイト先の後輩が誘ってくれて酒を呑みに行った。出会った頃から約10年の時が流れたという。出会ったとき、彼はまだ19歳だか20歳だったんだそうだ。ヒヨコは初めて見たものを親と思ってあとをついてくるというがたぶん若かった彼が初めて見たいかれた大人がわたしだったんじゃないかなと思う。京都から離れて5年も経つのにちょくちょく関西での出展に顔を出してくれている。わたし好みのきたねえちっちぇえ居酒屋で話に花を咲かせる。若い子の恋の話ってなんでこんなにいいのか。栄養がある。 歳上なんだし多めに出そう、と構えていたのに今日はご馳走しますと強く言い放ってくれてそれがなんだか出会ってからの長い年月で彼が身につけた大人なんだなと感慨深くなった。ちょっとだけ出させてもらう形でお言葉に甘えた。 クリフェスのボスとパイセン、タコベルの彼女と四人で彼女が予約してくれた多国籍料理の店でゆったりといろいろ知らないもの

すずめや
8月24日読了時間: 3分
中間報告
うめだ阪急で行商をしております。 毎度お馴染み愛するクリフェスのメンバーとの大阪の日々。 とりあえずまあ初日は粉もんだろ、ここは大阪。 博多のときにも登場したシホさんとお隣だったので初日は疲れたしなんかさくっとごはんにしよ〜、でシホさんともひとり菊田さんと3人でお好み焼き。お好み焼きといえどわたしのお好みは断然にモダン焼きである。麺がなきゃだめだ。お粉だけではだめなのだ。シホさんも菊田さんもたまたま同志であったためプラス300円の壁をのりこえ豚玉モダンをみっつ。 アチアチの鉄板の上で焦げてゆく焼きそばを待つ嬉しさ。モダン焼きは例の広島のやつと違って完全に層が分離しているのでそのすきまにソースやマヨネーズを足したりして、菊田さんはそうだ、ラヴェルの映画を一緒に観たひと。ブログ読者の皆様覚えているかな。 シホさんがモダン焼きに一味唐辛子をたくさんかけたので、いまモンゴルの砂漠に一味さんという友だちがいっていて、骨の発掘にいってるんだって話をする。一味さんから聞いた骨の話を受け売りで語るとふだんはおちゃらけた目の前のみんなが生命の起源とは、というスイッ

すずめや
8月23日読了時間: 3分
めちゃくちゃな日
大阪に来た。なんとか来た。 まず朝早く起きてぎりぎりになってたものを仕上げてスーツケースに詰め、バタバタと右往左往、夫に盛岡駅まで送ってもらい、仙台ゆきの高速バスに乗って一息ついて席に沈み込み本を読む。合間に搬入前にお茶に行こうと予定していた友人とやりとりをしていたら、メッセージの到着とは違う種類の振動を、スマホがした。 なんだ、と開いてみると飛行機の欠航。 全国的に晴れて穏やかな陽気なのに? 理由は機材整備のためだとのことだ。なにそれ!! 振り替え便があるというのを見てみたら関空着は夜9時半を過ぎている。搬入に間に合わない。とりあえず払い戻しをかけ友人にメッセージを送る。この会合はすでにわたし都合で一度リスケしているのでバカほど落ち込んだ。機材整備。機材整備ってなんなんだよ。 チャッピーに相談してみたところ、新幹線なら間に合う、大きい荷物があるならみどりの窓口に駆け込むのだ!とご助言を頂戴し、友人からもとにかく落ち着けとメッセージを貰い、仙台駅に到着して、とりあえず九兵衛理髪店へ行った。わたしのなかで九兵衛理髪店に行くのは出張前の儀式みたいにな

すずめや
8月19日読了時間: 6分


はらぺこあおむし
あれは理科の教科書だったか、図鑑だったか、絵本だったか。 ちっちゃなちっちゃな蝶々のたまごが孵り、あおむしになって、蛹になって、蝶々になるまでを図解した本があって、それをくりかえし読んでいた。ちっちゃなたまごから孵ったちっちゃなあおむしはまず、自分のたまごの殻を食べて、それではっぱの表面をちょっとずつかじる。まだちいさいから表面しかかじれないのだ。あおむしは自分の体よりずーっとたくさんの葉っぱを食べて、いっぱいみどりのうんちをして、あっというまにでっかくなって、蛹になって、蝶々になる。あおむしの日々はモリモリの食う出す食う出す、日々どんどん大きくなっていく。わたしはその様子が好ましく頼もしく、好きだった。 けれどもうわたしはあおむしの捕殺になんの感慨も持てなくなった。なんならぶっつぶしてやるぞくらいの気持ちだ。大好物の芽キャベツにはあとからあとから蝶々がやってきてたまごを産み付け、朝晩念入りに葉の裏までみても毎日あおむしをみつける。去年までくらいはあおむしの捕殺は嫌な仕事だった。可哀想だ。こんなにやわらかく、透き通ったみどりの美しいあおむし。これ

すずめや
8月16日読了時間: 2分
日々の変化
夫が仕事を変えたので日々のサイクルがけっこう変わってまだ慣れない。ひとりでいる時間がぐーっと増えて、というか夫が仕事でいない時間がぐーっと増えたので家のことをたくさんしなきゃならなくなった。まあいままでがおんぶにだっこすぎた。 朝から晩までずーっと製本をやり続けるという感じでもなくなった。畑も触らなきゃいけないし、ぬげたの散歩にもいかなきゃならないし、晩ごはんだって昼ごはんだって作る。いや羅列するとなんて当たり前のことだろう。甘えていたなあと思う。 毎日野菜の様子をうかがい、畑をほじくり返していて両腕が常にくたびれており、爪には土が詰まっている。猫たちは爛々とかまちょの姿勢、ぬげたのお散歩いこうのお誘いはささやかで、見逃さないように気をつける。 朝から晩までずーっと製本だけやってたかった。 むかしはそれが夢であった。 でもいざこうやって暮らしに比重がかかると、ああただ暮らすってこんなに健やかなことなのかとしみじみと沁みて、この実感はしっとりと重い。浮き足だった空想に紐をつけて地面に足をつけて歩いている。 家にいたいなって思う。 ここで暮らすをずっ

すずめや
8月13日読了時間: 2分


ブッチュアブ
みょうがが出てきたので毎日やぶをかきわけせっせと地べたを這いずり回って全身泥だらけになりみょうがをとっている。とれたてみょうが便の季節だ。べつに這いずり回るのも泥だらけになるのも苦にならない、それよりもみょうがをとる楽しみの方が優っている。朝から汗だくになりシャワーをあびるのもいい。日に何度も風呂に入るっていいじゃん。今日は三度目の風呂があってかなり気分がいい。 まあいいんだけどアブがなあ〜アブが。アブがなきゃなあ〜。 吸血虫アブの野郎は大中小とさまざまなサイズでめちゃくちゃおる。スズメバチそっくりのカラーリングのでけえのもいてそいつは見た目が一番怖い。でもやっかいなのはちいちゃいやつ。服を貫通して肌を刺してくる。いたっ!て思った時にはもう遅い。こないだは脳天を二箇所やられてそこがたんこぶみたいになってかゆくてむかついた。あたまをぼりぼりかくのもみじめだ。 こんなに脳髄に近いところを刺されてしまってはアブ人間になるかもしれず、そのうち目玉が二つに割れ四つに割れ八つに割れしてだんだん膨らみ複眼となりくちびるはだんだんととんがり始めていくのだと妄想し

すずめや
8月6日読了時間: 3分
公募ガイド買った
先日の日本橋丸善では本の話が合う作家のお姉さまがいて、あれ読んだこれ読んだと読書談義で盛り上がった。 猛暑もあり雨の日もありで悲しいほど売り場は静かで、いろいろ話してるうちにお姉さまが私の掌編集を買ってくだすって、あっという間に読んで、誉めそやしてくれた。それで充分嬉しかったのにお姉さまは作家業が身に染み付いているからだろう、ちゃんと本出してみたら、ということを繰り返し言ってくれておだてられ木に登り、公募ガイドを買った。雑誌買うのなんて何年ぶりだろ。 公募ガイドというのはその名の通り、多種多様なジャンルの公募が網羅された雑誌。ぺらっぺらの灰色の藁半紙に、おじいちゃんならすぐ投げ出しそうなちっちゃな字でありとあらゆる公募情報がみっちみちに掲載されている。 前述の通り、売り場は閑散としていたのでお姉さまたちと公募ガイドをめくり、これはいいあれはいいと夢想を繰り広げ、まあたいそうそれが楽しい。 売り上げがみんなあんましだったので賞金の額を見てはこれなら応募してあげてもいいねなどとふざけたり、これに受かって賞金が入ったらみんなで焼肉屋に行くかお寿司にする

すずめや
8月1日読了時間: 3分
去り行く太陽
日本橋丸善の一週間が終わった。 なんども来ている場所だけれど今回は違った。 以前もブログで触れた、日本橋丸善一階の太陽たちが所属する会社のお仕舞いとともにもう丸善からいなくなるという。これは本当に大変なこと。 ふたりの太陽たち、ひとりはオレンジ色の太陽で、ミュージカルの大御所、クリスティンチェノウェスにそっくりな太陽、じゅんこ。もうひとりは夏の白浜のてっぺんで爽やかに笑う白い太陽そのもののような、じゅんこ。太陽たちは名前が同じなのである。 丸善一階の皮小物やバッグ、ネクタイや傘を取り扱うスペースの一部が我々行商作家のイベントスペースである。そしてそこには太陽たちの働く会社の商品をならべた常設のブースがあり、太陽たちはそこで販売の仕事をしている。 はじめて日本橋丸善に仕事に来たときはそのまぶしさに大層驚き、そして夢中になった。 そも、丸善と聞いたときに想像する社風、例えば折り目正しい態度の書店員、満遍なく偏りなく、しかし豊富に揃えられた書棚、"きちんとした本屋"、それが大多数のみなさんの印象であろうと思うし、実際内部に侵入して商売をさせていただいて

すずめや
7月28日読了時間: 4分
むいてるかも
名古屋三越と東京日本橋をハシゴして遠征、 ようやく終わりが見えてきた。 近ごろカプセルホテル九時間屋に心酔していることをくりかえし綴っていたが、わたしはカプセルホテルが好きなのか九時間屋が好きなのかという疑問を確かめるべく今回の東京ではカプセルホテル鐘鳴屋に宿泊してみている。 悪くない。 えっ悪くないねカプセルホテル。 我々行商の作家は遠征費は基本自腹である。 宿代を安く済ませようとするとまずいちばんに選択肢に来るのはゲストハウス。 はじめのころはゲストハウスを利用していたが、知らない人と二段ベッドに寝ること、トコジラミの恐ろしい噂、やたらフレンドリーなスタッフと客同士(これは人によっては良い点になるだろうが根暗なのでいやんなったのである)、そしてコロナ禍がトドメになってゲストハウス泊は生理的に無理じゃとなってしまった。 そんでカプセルだって同じようなもんだろうと思ってほとんど泊まったことがなかった。 カプセルホテルは基本的に人とすれ違ってもコミュニケーションが生まれないのがよい。ごく狭いスペースをフルに使うべくすべてが作られているのでたいへんに

すずめや
7月24日読了時間: 2分
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