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今年の最後の新月だ

執筆者の写真: すずめや
すずめや
2020年12月15日
読了時間: 2分

射手座の新月なんですって。

なんべんか書いてるような気がしますけど新月満月のタイミングでちょっとめんどくさい整理とか処分とか掃除とかをするようにしています。

毎日掃除するけど毎日はなかなか手を出さないような澱みを綺麗にする。


今日はごみの日がかぶったので、

何年も前の私が使っていた焼き菓子の抜き型やケーキ型を処分しました。

あのころはお菓子を焼くことがわりと特別な、うーん、箪笥からいろんな服を出して今日はこれにしようかどうしようか、ってどきどきしながら鏡の前でくるくるするような特別なことでした。

いまはそれこそ、靴下を履くとかそれくらいのふつうの、いつもあること、になったから使わなくなった。

レシピも見ずに、煮物作るみたいに作れるようになった。


はじめにきゃっきゃとして、

夢中になって目の前がきらきらして、

それで時間が経ってそれが霞んだとかそういう話じゃなくて、

あたりまえの装備になった。

手が生えたみたいなかんじ。


そういうふうに生えた大事なものでは言葉とか、製本、絵の具を触ること、料理や掃除の癖とか、感じ方とか視野のコントロールなど。


冬の冷たい風を、冬将軍の編隊が通ったなってことにすること、

猫が元気に生きているから、毎日家中にくっつける毛をコロコロかけること、

タッパーがわりに使ってる琺瑯の容器でお菓子を焼けること、

農夫の恋人が運んでくる、やけに大きな野菜を余さずちゃんとおいしく料理して、食べてからだに入れること、

風景の色合いや、目の前で弾けた輝きにぐっときたことを覚えておいて、絵の具で紙に落とし込み、本にすること、

それを届けて糧にすること、

それで生きてゆくこと。

日常、日常。





 
 
 

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