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よむにしてもさ

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 2019年12月15日
  • 読了時間: 2分

明確に種類がある、と思っていて。


感性のためのもの、

慰めや共感のためのもの、

気づきを促すためのもの、

勉強のための明確な目的があるもの。


身体としての書物。

今日届いたところで、まだ触りしか読めてないんですが。

マラルメはいつも、知的にわたしが回転する場にいてくれる、ふと、そういうときにいるひと。

書物は世界を成すもの。

では、逆のテーゼで、世界にならんとする書物。

明確な目的を持って本を買いました。

たぶんぜんぶ、あってる。正解。


翻訳家のお兄さんもそうやったんですけども、

学者肌っていうか、なんだ、研究者や専門家として生きているひとたちの知に富んだ会話、知らないことを蔑まない論調、知らないといえば言うだけ、優しく導いてくれる、知識の池まで。

ほんとうにすきですね。


みんなのことがわたしは好きです。

そのように思考を転換しつづけていくことで世界はある意味簡単に変わる。

でも初恋のように、マッチを擦った瞬間の炎の立ち上がりのように、ぶわわと興奮を促してくれるのは、知識のあるおとなと、話せること、ご教示をうけること、ほんとうにすきですね。


変化そのもののことを、生といい死という。

ああこんな、文字に起こせばふわりとも読めるこの命題を、ふわりとせずに帰着からはじめて解き明かすその論調。

うっとりする。

そんな知に触れている時は、なにより雌の顔になるんでないかと思いますね。

なに言ってるんだろうね。


広く広く、浅く、は知っている。

知の海は本当にいくらでも広がり続けて、知れば知るほどせかいがわかんなくなってゆく。

謙虚の話じゃなくて、ほんとうに。


井の中の蛙大海を知らず、

されど、空の青さを知る。


 
 
 

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