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みみのなかの話

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 2020年1月16日
  • 読了時間: 2分

きのうはお店がお休みで、バイトもない日でしたので、好き放題作れていい日でした。

昼までベッドの中から出られなくって、あーもうだめ人間かもしれんなんて思いながら張り付いている猫とまどろんでいたのですが、さすがにトイレに行きたいし喉もからからで起きました。

よく休んだらやるぜやるぜモードになりますね。


ごくごく水を飲み、こないだ好きな言葉を綴る彼女に教えてもらった話を思い出しました。

耳の骨の話。


むかしはわたしたち、お魚だったわけですが、そのときには耳ってなかった。

水を体に通す気管のひとつである、エラが耳のもとなんだそうです。

爬虫類になったとき、陸上で振動をつかまえるため、地べたにぺたんとあごをつけて骨で音も振動も感じるようになった。

二本足で立つようになって、そのあごの骨がくくっと上がって、いまわたしたちの耳の奥にしまわれているんだそうです。


ウォオ。


音が波動だってのは、自動詞的現実においても他動詞的現実においても双方そらそうよねって見解だろうと思うんですが、空でなく、海を纏っていた大昔にあった骨が、いまも耳の奥にあるっていうのは、ぐっときますね。

だって耳だよ。


ごくごく水を飲んでるその振動、こんなごくごくよりもっと強くて大きな水の流れを通していたむかしむかしの骨が、いまも体に残っていて、音を聴いている。

嬉しくなるねえ、ずっと残していたんだね。

海にいたこと忘れられないねえ。


 
 
 

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