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まつもとありがとうございました

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 56 分前
  • 読了時間: 3分

ずーっとビビり散らかしていたまつもとへの出展が無事に終了しました。

いっぱい出会いがあって、天気もずっと良くて、こんなに恵まれては何か悪いことが起こるんじゃないのかと戦々恐々としていたけれどずっと和やかに終わって、拍子抜け。

主催さんたちはもちろん、チェーンの蕎麦屋の店員さんに至ってもすべての人間が優しく朗らかで自然体でなんかすごいいい町であった。また来たい、すぐにでもだ。



いっこでかくわかったことは、日本最高峰のクラフトフェアであっても、手製本はニッチなジャンルなんだってこと。

わたしは憧れを拗らせていたので、まつもとに辿りつきさえすればなんもかもわかってくれる目利きとかに会えてわかられるのではないか!とどきどきしていたんだけれどもまつもとでも手製本は珍しくって、いっぱいいっぱい説明をした。まつもとは美篶堂さんのお膝元でもあって、だからそれでも理解のある方はすごく多かったのだけれど。


腹括るべ、と思った。

手製本が好きだから手製本というでかい池の中にいてほにゃほにゃしているというくらいの認識でいたけれどあんましそれでは、わかってくれるひとだけにわかってもらうというだけでは、いけないのかもしれないとしんから思った。

まあいけないなんてことはないんだけどわたしはこれを生業にしているし、視野を広くせねばたぶん、広げていかなければたぶん、いけない。老後とかも心配だし。

それに手製本の仲間に会えたときに、仲間が少なくて寂しいですねえと頷きあうのも、もういい加減寂しすぎるぜと思った。だってここはまつもとなのだから。


独学のわたしが手製本の良さを広める、なんてことは全く思わないし傲慢すぎるし良さは見ればさわればわかるはずなのでそういう気持ちではなく、手製本というものがあるのだぜ、というのをもっとなんとか認知してもらえねえだろうか、と焦れるように思った。

だってたとえば陶芸作品は、人が作ったかどうかすぐわかるじゃん、それは作家の人数も桁違いだし市場(つまり歴史)も大きいのだから作る側も見る側も経験値が桁で違うのだからあたり前田のクラッカーなわけ。百均のうつわと作家ものの(百均にも人が作ったうつわはあるけれど)うつわが隣同士に並んでなくてもぱっと見れば違いがわかるわけ。でも手製本はそうじゃないのだわけ。


ジャズに詳しい語りたがりおじさんみたいになるのは御免被るぜ、と思うけれど、これは、けっこうに由々しき事態かもとようやく体感したってわけ。


わたしはわたしの作った本が好きです。

いいものだと思います。

クラフトフェアまつもとで、あの地でそれが揺るがなくって、卑下癖のある根暗の割には、良くやったと思う。

特別なものは持っていかなかった。

ただ毎日作り続けてきた積み重ねを見せた。

それで、本当に、良かったって思う。

ごにゃごにゃ考えはしたけれどわたしはいつも、たとえば夢を見ても、いつもただ積み重ねをしてゆくだけだ。

続けてゆくだけ、それだけ、変わらず。





 
 
 

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