いなくなっちゃった
- すずめや

- 16 時間前
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春の京都、一乗寺にて、お世話になっている恵文社さんのスタッフさんと酒を呑みに行った。
いろんな雑談をするけれど、やっぱり到着するのは本の話。そのうちの一片に、本人と書くものとのギャップの話があって、あの作家はこんな作風なのにこんな話しかたをするなんてイメージに合わない、とかあの人はそのままだった、とかそういう勝手な話で笑っていた。
そのなかで祖父江さんの話も出た。というかわたしが出した。
まだ大学生だったころ、彼の講義を他大学に聴きに行った。製本を始めていたかどうか、記憶は定かでない。出不精なのにわざわざ電車に乗って行ったのだからおそらく製本を始めていたのじゃないかと思うが、本当に思い出せない。
大学の講師はみなデザイナーだったり建築家だったり、ほんものの仕事をしている人たちだったけれど、わたしは祖父江さんの、あの印象を忘れることができない。
小さなころ、うちにあった吉田戦車の"伝染るんです"。祖父江さんの装丁でもきっと有名な本だと思う。わざと乱丁を作って出版されたその本は当時ちょっとした混乱を起こして話題になったのだそうだ。
本の虫だったわたしはそのデザインに気づくまで、本はただの文章のかたまりだと思っていた。
(いまもその気分はなかなか抜けなくて、だから文庫本ばかり買う)
漫画の意味不明さとその本の装丁はとってもしっくりきていて、何度も読んだ漫画だったけれどその乱丁に気づくまではずいぶんかかったんじゃないかと思う。あれ、そういえば、たしかにへんだ、と、ようやくという感じで気づいてそれがわざとデザインされたものだと知って、ずいぶん興奮したのを覚えている。本が、文章のかたまりから"本"になった瞬間だった。
だから祖父江さんの講義を聴きにいけるとわかって、伝染るんですを作った人だと嬉しくて、行ったこともない他大学に電車に乗って行ったのだ。
祖父江さんはもう登場時から様子がおかしかった。髪はざんばらで服装もラフだったように思う。にこにこというよりもにやにやというかんじに笑う。その様子は、いままで接してきた教授陣、芸術を教える"先生"たちとは全く違って、もう見るからに変な人で、わたしはそれにさらに興奮した。
講義が始まるとすぐに祖父江さんは耳の中にあるかたつむりみたいな骨の話をし始めた。ぜんぜん意味がわからない導入。その骨が事務所のキャラクターのもとになっているんだそうだ。さくらももこの漫画に出てきそうな"変な人"の喋りかただった。だのに次々紹介される仕事のかっこいいこと、素敵なこと、洒落ていること。田舎から出てきてカルチャーショックを受け続けているやわらかい若い馬鹿なわたしはそれで大好きになってしまった。
伝染るんですの人、という浅い印象から第一線のデザイナーさん、ときちんと印象を上書きし、SNSをフォローして気にかけてお仕事を見ていた。新しいお仕事を画像で見て、なんか分かった気になっていた。祖父江さんが変な言葉を話すのを画面越しに楽しく見ていた。大好きになったはずだったのに、たった、それだけ。
わたしは、なんて浅かった。もっと展示を見に行くべきだった。本も集めるべきだった。あれから十何年も歳をとったというのにこんなにくだらない後悔をする。馬鹿のまんまで恥ずかしい。だって亡くなるなんて考えもしなかった。彼が人間であることはちゃんと見て知っていたのに。
寂しい。
もう彼の作った新しい本も展示もほかの仕事も見られない。
いまさらでも、少しずつ、彼の仕事を集めていこうと思う。




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