月夜のばかし
- すずめや
- 6月20日
- 読了時間: 3分
東京には蕎麦屋が多い。
とくに日本橋丸善のあたりはコンビニより蕎麦屋が多いんじゃないかと思うくらい。
立ち食い蕎麦から町の蕎麦屋、ちょっと敷居の高い蕎麦、デパートのなかにまである。
私の愛するのはもっぱら立ち食い蕎麦、駅そばの類である。
ちゃんとした蕎麦屋では蕎麦前で酒を呑みたいので出張先で啜るのは立ち食いとなる。
日本橋丸善のそばの立ち食いは三つもあって、
近くから順に、小諸そば、よもだそば、そば一心たすけ。
たすけの蕎麦はけっこう好きなんだけどこうまで暑いと少しでも近くへ滑り込みたくなる。
よもだそばのことは正直よくわからない。
よもだそばはいろんなところにチェーン展開している有名なおそばやさんだが、スパイスの効いたインド風カレーが店の推しなのだ。
そばとスパイスカレーのセット。
カレーを一口食べたらそのあと蕎麦のかおりを感じられなくなって、これ、なぜ一緒にしたのだ…とその疑問はいつになっても解けない。
よもだそばはげんこつくらいある大きなよもぎの天ぷらやふきのとう、板のりなんかのしぶめのトッピングがあるのがいいんだ!と思うが、周りのお客はみんなそばとスパイスカレーをセットにしていてこんなところでも社会から浮いている自分に気づく。
小諸そばは立ち食いのなかでもずいぶんシュッとした蕎麦屋だ。
麺も細いし。
だいたいわたしはどこに行っても夏場は冷やしたぬき、冬場はあったかたぬきを愛する者であるが、小諸そばには月夜のばかしという粋なメニューがある。
小諸と焼印を捺された薄いおあげが一枚、揚げ玉に薄切りのきゅうり、とろろに生のうずらたまご。
(小諸の冷やしたぬきには薄切りのきゅうりとかまぼこがついている。)
きつねとたぬきのばかし合い、とろろの雲にうずらのお月様、月夜のばかしというわけだ。
地元の愛知県某市では蕎麦つゆにはうずらがセットだった。
わたしは小さい頃からうずらのことが好きだ。
ゆでてあっても生であっても味わいは同等に好きであるが、うずらたまごの頭を削ぐための、刃の先が丸いハサミのことも好きで、そうなるとハサミのぶんだけ生のうずらが好きだ。
月夜のばかしのきつねはずいぶん薄っぺらい。
その薄さが小諸そばの細い麺によく合う。
薄いぶん、きつね特有のじゅわじゅわ感は少ない。
薄っぺらくてじゅわじゅわしてないこのきつねが月夜のばかしのバランスの要。
このきつねの弱さによって三味のバランスが均等になる。
月夜のばかしは均等なのだ。
だれかがだれかを立てたりしない。
みんなおんなじくらいの力関係にある。
それがよい、とても。
立ち食い蕎麦というのは急いでがつがつ食べるものである。
がつがつやってもこの三位一体が文字通りうまく噛み合う。
月夜のばかしは名品である。
さっさと食べる蕎麦は2枚もりに決まっている。
スピードをもって啜ったそばでおなかがぱんぱんになるのがいいのだ。
急いで食べて、おなかがぱんぱんになっても眠たくなりづらいし。
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