新年あけましておめでとうございます
- すずめや

- 1 日前
- 読了時間: 3分
油没したiPhoneをたよりに名古屋まで出てきました。今のところiPhoneは妙な挙動を見せることなくふつうに動いておりなんだかそれがかえって恐ろしい。いつ発火するかわからないので指すのではなく置くタイプの充電器を持ってきました。
結局大晦日に不貞腐れたせいで元旦は朝からバタバタバタバタしてようよう飛行機に乗り込んだと思いきや雪で出発が一時間遅れ、まわりのちびっこ乗客にはパズルやおもちゃや折り紙が与えられておりわたしもそれがほしいと言い出せないまま、かばんにいれていた"殺戮に至る病"を読み進めるという嫌な年明けになりました。名古屋に着くとちょうどお昼どきで、数少ない営業店舗にはどこもかしこも長蛇の列、開店がはやかろうとあたりをつけた牛丼の松屋にすら並んで入店、侘しく悲しい。お雑煮が食べたかった。
iPhoneがいつ発火するかわからないと怯えて搬入開始一時間前に現地に到着。外で本を読んで待っていたら早めについたみんながぽつぽつとやってきてようやく人心地がつきました。
気心知れたみんながいると思うと落ち込みもあっという間に緩んで、iPhoneの油没もネタにすることができ、久しぶりに会ったというのに話しても話さなくてもどっちでもいいような話ができるのがひたすらに嬉しく、ああ人と会うのっていいもんだなと思うことができました。
楽しくお仕事は進んでゆく。
そうそれで、前のブログで昨年の振り返り的なことをするわと言ってたんでした。
まあ年を挟んだので細かいことは置いておいて、昨年でぐっと価値の比重が変わったなと思う。人生ではじめて安心して落ち着いて過ごせる家庭を手に入れたことがようやく心にしっくりと形を作った感じが強くて、だから例えば出先でなにかおいしいものをたらふく食べたいなあという自分の欲よりもそのぶん家族になにかいいものを食べさせたいなあという気持ちが自然ととても強くなった。ありとあらゆる少年漫画に出てくる、守りたいものができると強くなるというのはこういうことかとはじめて頭の芯から理解した気がする。
この世にはわたしなんぞが触れては勿体無いと思うような美しいものが多すぎて卑屈に卑屈を重ねてきて形作られたいままでの強情な輪郭が、でっかい自然とあの地域とあのうちとあの家族によって溶かされてでろんとなって、もういっかい輪郭が定まりだしたような一年だった。
なのでふつうにお金が欲しいぜ、と率直に思うようになった。だからといって儲かるように仕事ができるとは思えないというか儲かる仕事では全くないわけだけれど、うーんと、まあでもちゃんといろいろ数えたりとかやったことをちゃんとアピールするとかやっていこうと思います。
この仕事を始めて18年目になる。この仕事を死ぬまで続けるということがここまでひたすらの目標で、わたしが死にさえしなければよかったという基準が変わった。みんなと幸せに過ごしつつこの愛しい仕事を続けていくのだ、と決意を新たにするのでしたよ、ということです。
前もどっかに書いた気がするけど、小学校の校歌に"正しき道を新しく"というフレーズがあって、なんかこの仕事の節目節目にいつも思い出す。同じ道を歩んでゆくが、その道が新しいものに変わってゆくこともあるのだ。しかし歩みは止まらないのだ。また今年もがんばって進むのだ。






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