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掌の上の舞台

執筆者の写真: すずめや
すずめや
5月5日
読了時間: 3分

名古屋に仕事にやってきた。

今回は豊橋駅でご挨拶をしたい書店があったので夜行バスで朝早く着いてたくさん電車に乗った。

店頭を案内していただき、打ち合わせを済ませ、少し時間があったので出張中に読む本を何冊か見繕って、割引になっていた絵の具を買った。

本屋さんに行くと、本がたくさんあって、たくさんある本の中で一冊を選んで、それが人生に積み重なってゆくということが途方もないことに思える。その一冊は誰かの人生から生まれた一冊で、他の誰かの人生にも積み重なり、だから物語自身は作者のものでも、読者ものでもなくなってゆくはずなのにこれはわたしの本なのだ。並ぶ本を見ると砂浜を思う、そのひとつぶひとつぶが砂の浜を作っているのに砂つぶは砂浜ではないのだ。


今回のクリフェスでは初めて顔を合わせる作家さんが何人かいて、そのうちのひとり、陶芸家のカレンさんと本の話で盛り上がった。(彼女は作品も本人もとても可憐なのでカレンさんと呼ぶ、主食に金平糖を食べていそうな女性だ)

カレンさんの作品のなかに、角が取れた馬の置物があった。眠っているような、そもそも夢の中に生きているような、土を焼き固めて作ったやわらかないきもの。

カレンさんと盛り上がっているのを聞いていたとなりのちっぱちゃんが、本の話で盛り上がるのっていいねえと声をかけてくれ、するとちっぱちゃんは普段はあまり本を読まないけれど、小川洋子さんをすごく好きだと言うことがわかった。

ちっぱちゃんはおもちゃ箱の中から生まれてきたようなキッチュな可愛い女の子で、だから陽炎のゆらぎような影と突き放しのある小川洋子を好きだと言うのがすこし意外で、けれど話しているとたしかにちっぱちゃんによく似合うのだと言う気がした。


その日は早々に宿に戻り、買い込んだ本をどれから読もうかと広げてみると、小川洋子さんの新しい短編集を買っていたのに気づいた。

カレンさんとの話でも、ちっぱちゃんとの話でも出てきた作家。しかもちっぱちゃんはむかしダンスをやっていた、その短編集は舞台に関する小品を集めたもので、なんだかぞくりとして、その夜はその短編集を読み進めた。

すると、その本の中に出てくる本に、角の取れた馬の話が出てきた。


次の夜、カレンさんの昔からのファンであり、それゆえに少々気持ち悪いおじさんみたいになってしまっていた北海道の妖精を誘って3人でごはんに行った。その短編集をかばんにいれて。

オレンジ色のあかりの小さな店で、女3人ころころ笑いながら酒を飲み話し洒落た料理をつついた。笑顔で始まって笑顔で別れる都会の一夜。


舞台に立っていたちっぱちゃんと、角の取れた馬のことを酔いのあるあたまに思い浮かべて、帰って酒を一本呑んで、ストラヴィンスキーの春の祭典を小さい音で聴きながらその夜は眠った。


砂浜を手で探り、砂でできた鎖をずるりとひきだすことができることがある。

鎖の一つ一つの輪はすぐに崩れて砂浜に戻ってゆくけれど、たしかにそこに鎖があったのを、わたしは知っている。そういうことがあって、この本は鎖のひとつの輪だった。









 
 
 

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