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愉悦を呑む

執筆者の写真: すずめや
すずめや
7月4日
読了時間: 2分

ちかごろ出張先で鬼殺しを呑んでいる。

決して旨くはないのだが呑んでいる。

鬼殺しを呑んでいるというよりも愉悦を呑んでいる。


そも、ストローつきの紙パック飲料には健やかなイメージが強くある。カルシウムを補う牛乳、ビタミンたっぷりのオレンジジュース、腸を生き生き乳酸飲料、1日分の野菜これ一本。

対して鬼殺し。

震える手で持ってもかならず吸い口に辿り着けるように伸ばすストロー、吸ってみれば醸造アルコールたっぷりの甘ったるい酒、しつこい後味、頭の痛くなりそうな、悪い酒。

この対比がいいのである。


わたしはストローで悪い酒をチュウと啜る。チュウチュウと啜る。明るく清潔な都会のコンビニエンスストアで、ケータイピッと電子マネーでスマートに会計した鬼殺しを啜る。

それは完璧にデザインされた宿の洒落た共有スペースであったり、夜深く華やかな繁華街の道すがらであったり、東京駅を臨むきらきらのベンチの上であったりする。

これが愉悦でなくてなんであろうか。

清潔にぴっちりと整えられたシーツの上に倒れ込むときのあのさっぱりとした嬉しさ、そいつをすこしペンチでねじって叩きつけるとこういう嬉しさになる。


愛するクリフェスの皆と過ごす博多の日々、今日は初めての一人の夜で、帰り道に鬼殺しとレモンサワーをピッと会計しレモンサワーをチェイサーに鬼殺しをチュウチュウ啜りドグラマグラを読んだ。チャカポコターンを鬼殺しと共に読了した。


思えば20代のころにも鬼殺しをやたらと呑んでいた時期があった。鬼殺しを啜りながら鴨川を南下するのが好きであった。あの頃は言語化していなかったが、おそらくこういうことだったんだろうな。


 
 
 

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