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よもぎ饅頭の昼下がり 後編

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 22 時間前
  • 読了時間: 4分

よもぎ饅頭はコンクリートの道に出て、でんでこでんでこ転がっていった。からりと晴れはしたものの、道路にはまだ湿り気が残っていて、よもぎ饅頭の柔らかな体もうまく傷つかずに転がってゆけた。おなかのなかのつぶあんは初めてのお外への散歩にそりゃあもうわくわくして、

「ちょっとアンタ、よもぎの生えているところはないのかね。わたし、そこまで行ってお外のよもぎに会ってみたいよ。」

と言った。

「そりゃあいい。あっちの河原まで行ってみよう。それっくらいの距離ならおれの体ももつだろう。」

実際幸福堂からよもぎの生えている河原までは、人間の足で歩いて五分とかからぬ距離にあった。もちろんよもぎ饅頭のよもぎがそこで摘まれたわけではないが、あっちの河原にもよもぎがね、という言葉は客と店員との会話の中でもよく聞く言葉だ。よもぎ饅頭はあっちの河原、と客がいつも指差すほうへとでんでこでんでこ転がっていった。


河原の斜面は薄い草むらで、そこによもぎは生えていた。斜面の先には平たい土の歩道があって、その歩道へ降りるために斜面には石の階段がついていた。よもぎ饅頭はその石の階段をそろりそろりとおっこちないよう気をつけながら転がって、まんなかあたりのはしっこで、ぼうぼう生えているよもぎに声をかけた。

「ようよもぎ。おれはよもぎ饅頭だよ。あんたを材料にしてできる甘いお菓子だ。」

「おやそうかい、少々ぼろついているようだがいい香りのするやつだねえ。いったいひとりでどうしたんだい。」

「いやあちょっと和菓子屋にいるのも飽きちまったもんで、ちょっと見聞広げに散歩に出てきてみたんだよう。ああいい天気で桜もきれいに咲いているねえ。」

「雨で散りかけなのが見事だろう。こういうのを花吹雪と言って、つまり春の雪っていうことなんだよ。」

よもぎはそういうと目を瞑って気持ちよさそうに風に吹かれた。よもぎ饅頭は目をまんまるにあけて、よもぎの濃い緑と春の雪を目に焼き付けていた。おなかのなかでつぶあんが、ため息と共にささやいた。

「この桜ってのは、なんてきれいな白だろうねえ。」


きゃあきゃあと遠くから子供の嬌声が沸いてきて、階段の前にあっという間にわっと子供たちが群がった。子供たちは階段のはしっこにいるよもぎ饅頭にはまるで気づかずに、階段に各々のカバンを置くと川面の方へ駆けてゆく。

「だーれがいちばんとばせるか!」

そう叫んで子供らは河原の石を掴むと、川面にむけてめいめい石を放り投げ始めた。飛距離が短いと言っては笑い、長く飛んだと言っては笑い、なにがなんでも笑い、笑い。

よもぎ饅頭はそのはじける笑顔の群れを見て、自分の胸がきゅうっと鳴るのを聞いた。

「あんなふうに楽しそうにしているぼっちゃんと、また遊びたいもんだなあ。」

するとつぶあんが手を引いて、よもぎ饅頭を転がした。


よもぎ饅頭はつぶあんと手を取り合い、つぶれないようおそるおそる、コロリコロリと階段を降りた。平たい土の歩道で全身に湿った砂をくっつけて、オイこりゃあずいぶん汚ねえきなこ饅頭だぜとふたりで笑った。そうして先でなおも笑って石ころを川面に投げ続けている子供たちをじっと観察して、一等手当たり次第になんでも掴んで投げている子供のそばにコロリコロリと近づいてゆく。興奮した子供たちの小さなあんよに踏まれないよう、おそるおそるのコロリコロリだ。そしてその時は急にやってきた。


手当たり次第の子供が砂まみれのよもぎ饅頭をいきおいよく掴んだ。子供は石を掴むつもりで掴んだのだから、よもぎ饅頭は子供の手の中でぐちゃっと潰れてしまった。

「うわー!うんこつかんだ!」

とその子供は雄叫び、まわりの子供らはうそー!と大騒ぎ。河原に響く笑い声は何段階にも跳ね上がった。

よもぎ饅頭を掴んだ子供は動転して勢いよく川の中に手を突っ込んだ。ばらばらになったよもぎ饅頭は、川の中でほぐれて溶けて、春の光にきらめく水面に、桜の花びらの泳ぐのを見た。花びらはだんだんと増えてゆき、それが視野一面を埋め尽くしたときに、川の水へと溶けてゆく意識のなかでよもぎ饅頭は思い出した。


いつかちっちゃなぼっちゃんのいるうちにお八つとして行ったときに、大人の目が離れた一瞬があった。その一瞬に、高い椅子にのっかったちっちゃなその子におんなじようにふんづかまえられたことがあったっけ。そんときもおれはぐちゃぐちゃになって、そうだあの子の牛乳のコップにつっこまれちゃったんだ。あんときも目の前は真っ白で、それでもコップの外であの坊ちゃんがけたたましく笑っていて、おれはそれがすごくおかしくて、釣られてとっても楽しかったんだよなあ。


次によもぎ饅頭が目を覚ましたのは幸福堂の、湯気立つ蒸篭のなかだった。蓋が開けられ、幸福堂の和菓子職人が並んだよもぎ饅頭たちを眺めてよし、と口の中でつぶやいた。

次々に目を覚ましたよもぎ饅頭たちは湯気立つ赤ら顔でよもぎ饅頭に迫った。

「オイ、散歩はどうだったい。みやげ話をきかせろやい。」

よもぎ饅頭は笑って答えた。

「とくと語ってやろうじゃない。また昼下がりにでもゆっくりとな。」

 
 
 

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つまんねえよなあ、とよもぎ饅頭は和菓子屋幸福堂の店頭で毒づいた。 もうずっとずっとつまんねえんだよなあ。 昔はちいちゃな子供が目を輝かせて饅頭を買いに来たってえのになあ。今じゃおいぼれのじじいかばばあか、しゃらくせえ気取った着物のやつがエラソーに買いにくるばかりだものなあ。 とはいえよもぎ饅頭は老人のお八つになることも、茶席の菓子となることも、べつに嫌だというわけではなかった。 顎の弱った老人が、

 
 
 

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