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ふたりぶん

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 2019年4月13日
  • 読了時間: 2分

かしこいね〜って言ってもらえることの多い最近で調子付いて世界観とかの話ができる人とロジカルなおしゃべりを繰り返しています。

そんなにいないけど、いてくれてうれしい。


10年ちかく、

感性のほうの土壌を豊かにするだけやって、技術のほうだけキンキンに研いでいて、感性の種を埋めるだけ埋めて、わざと芽を出さなかったことについて、解けました。


だせえ真似はしたくないんだった。


固有名詞レベルの話で、おなじものを作る人は絶対にいる。

そこから先を作りたかったんだ。

でなければものづくりで生きていくことが恥ずかしく思えてしまう、いつか。

わたしは。


わたしにしか突き詰められなかった美しいや哲学や思想を、揺るがない両腕で支えたいんだった。

敬意をもってものをみるには、自身がものをよく知って、いいものがわかる目や頭を持たなくちゃ、リスペクトすらできないんだを、知っていたから、ずっとずっと勉強して体当たりしていろんなものを見続けるんだ。


最近出せた芽は、豊かにし続けてきた土壌のおかげでしっかり生えた。

身も骨も削ったけれど。


いままでちゃんとやってきたよ!

って言ってくれて、自分がようやく育って、やわくてよわい、表現者が外に出てきても守ってくれる。

だいじょうぶだ、だいじょうぶだ。


これからもずっと学び続けて解きつづける。

それをすぐに、栄養にして大きくなってくもうひとりのわたしももう、目に見える。

空想でなく、妄想でなく、自己防衛のための自己投影の幻でもなく。


変わってゆく予感、拓けていくかんじ、春はあっという間に終わるだろうな。


 
 
 

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