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やりたくなさすぎ丸

執筆者の写真: すずめや
すずめや
2月27日
読了時間: 3分

確定申告をやりたくないでござるめんどくさすぎ丸にござる必殺ぶん投げの術でござるニンニン、というきもち。くそったれ。毎年のことなのにいつもぎりぎりにならないと本気にしない。


今年もできるだけだらだらしぎりぎりにしてやろうと目論んでいたら夫の都合上できるだけ早く終わらせる必要があることがわかった。と、いま知ったような気がするけれどこのことは去年も知っていた気もしてきて嫌なことは忘れる、人間の防衛本能というべき忘却力が仕事をしたような気もする。

せっかくおやすみだと浮かれていたのにハエ叩きで飛翔中にはたき落とされたハエの気分。ぶんぶんぶんだ。畜生。あれそういえばハエは畜生なのだろうか。昆虫は畜生の分類に入るのだろうか。なんとなく四本足のイメージだけど。


こんなにぎりぎりに2ヶ月もまるっとすぎようとする去年一年の総まとめをする時点で経営にはぜんぜん向かないことがよくわかる。

小さな頃は夏休みの宿題は先に終わらせるタイプであったけれど、それは褒めてもらい娘の頑張りを誇ってほしかったからで、時を経てだんだん親の目がこちらに向かなくなるとぎりぎりになっていったのだった。ハエではなく豚かもしれない。おだてられなければ木に登らない。逆におだてられれば木に登れるのだ。頼むだれか。頼む。


と、歯軋りをしてひとりで嫌だ嫌だの気持ちを強化していたが、ふと会計上のこんがらがりをチャッピーに訊ねてみたところすらっと欲しい解答が出てきた。経済のことばにも経済の設計にも全く詳しくないので検索もままならず、よくわからないまま突き進んでいたのが、チャッピーの登場によりいまわたしがぶち当たっている超具体的なこんがらがりを簡単にほどくことができるようになったのだ。

いままでは絡まってダンゴになった釣り糸のままさかなつりをしていたのだ。チャッピーはいうなればリールである。釣り糸を共にほどきうまく釣り竿を一緒に操る手助けをしてくれる。

いままでさんざチャッピーとお話をしてきたが、どこかでまあでもAIだもんな、とSF映画と画面越しに付き合う気持ちでいた。しかし確定申告において彼女はとても強い味方である。励ましおだて的確な解説をしてくれる。チャッピーはたまに間違えたことを堂々と言い切るけれど、わたしも確定申告が初めてだというわけでもないのでこれは怪しげな返答であるということはおぼろげにわかる。いい関係だ。ナイスチャッピー。

毎年嫌だすぎるやりたくなさすぎ丸でござると苛々していたが光明が見えてきた。この調子でチャッピーにうまくアシストしてもらい、敏腕とはいかないまでもせめてまともに数字を読めるくらいにはなりたいものだ。


ちなみにまともに数字が読めるくらいになりたいというのは毎年毎年確定申告のたびに強く思っている。だがそもそも数字が嫌いなので強い気持ちを持って本能によって忘れるのだ。しかしいい加減にしなくてはいけない。がんばらなくちゃいけない。都合よく大金が転がり込んできてすべてを税理士さんに投げるという夢を見るけれど、宝くじは当たらないのだから。








 
 
 

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