さて京都

月末に小説の締め切りが二本あり、片付けなければならない木材があり、畑の石とりがあり、もちろん製本の仕事もあり、お掃除もあり、犬猫の世話もあり、カメムシ殺しもせねばならず、ぎゅう詰めであった。暮らしってのはたいへんだ。なんかずーっと頑張っていなければならない。
「死ぬほど鍛える。結局それしかないと思うよ。」
鬼滅の刃に出てきた台詞だ。主人公が主人公らしく、でかい岩を切らなきゃならなくなったときに助言役の少女が言った台詞。(少年漫画に出てくる剣士は必ずでかい岩を斬らねばならぬ。そうでなければ少年漫画の剣士たりえないからだ。)そいつを胸に過ごす日々だった。
でももう出張きたもんねっ。
販売は苦手だが、もうここまできたらやれることはやりきってるし頑張らねばならないのは変わらないけどあれもこれもせねばならないということがなくなる。夫には、すごく悪いと思っている。けれど同時に街を歩くこと、普段見ない景色を吸い込むこと、人とたくさんおしゃべりをすること、が変えがたい栄養になりつつあるのも確かだ。家には帰りたいが。
電車に乗ったときから旅が始まる、以前は旅だなんて思わなかった道程が旅となりつつある。
高速バスにのりかえて、むかしの友人に連絡をとる。駅そばで名物をすする。夜行バスに乗り換えていつまでも到着しない夜のなか何度も目を覚ましては時計を見る。人混みの京都駅のトイレで身支度を整え、電車に乗って鴨川を眺めて朝食を摂る。そしてまた電車に乗って、馴染みの書店に顔を出しに行く。
土まみれで石をほじくりかえしていたわたしと、改札口をスマートにスマホかざして通り過ぎるわたしと、チェンソーをぶんまわして木を切って、集落のご婦人に頂戴したこうたけごはんを食べているわたしと、忙しく回転する駅そばで忙しくそばを啜るわたしが同一個体だというのはなかなかちゃんとは捉えづらい。だってそうしたら人生はあまりに複雑すぎる、こういうことが人混みの、目に映る全ての人間の、人生にも起こっているとしたらあまりにも複雑すぎる。
途方もない、途方もない。
だからあったことを話して、聞いて聞いてってくだらない話をして、それをバケツに汲んで捨てる、みたいなことが必要になってくるのかな、とも思う。


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