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白のパンダとはなんなのか

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 2021年10月21日
  • 読了時間: 2分

昨日、晩御飯に立ち寄ったベトナム料理やさんのウエイトレスさんのひとみがめちゃくちゃに澄んでいて、マスク越しでも笑顔眩しく、あ、これがアジアの純真か!!!と直感しまして今朝はアジアの純真をリピート再生しつつ出勤いたしました。


聞けば聞くほど意味がわからないのだが一貫性のある世界。

出勤して、背中合わせのブースの鍛金家(?)に、白いパンダってなんなんですかね?と疑問をぶつけたら素晴らしい答えが返ってきました。

ピュアなハートが夜空で弾け飛ぶ世界線に繋がるためには、白黒ではいけない。

黒はなくして、白ばかりでなければいけないのではないか、という返答です。

拍手!!


おお〜、となりました。

わたしがベトナムのお姉さんに感じたアジアの純真、たしかに真っ白な世界です。

そういえばそのベトナム料理屋さんのお箸袋には、ハスの花かアザミの花か、とにかくそういう雰囲気のビビッドなピンク色のお花が鮮やかな緑のグラデーションがかかった真っ白い袋に印刷してあり、なんかこのコントラストってばアジア感だよな〜などと感じたのでした。


もしかしたらわたしがベトナムのお姉さんに感じたアジアの純真を、陽水も民生もPUFFYのおふたりに感じたのかな?とも思いました。

彼ら、PUFFYに楽曲を提供しているミュージシャンたち(特に民生氏)は、PUFFYのおふたりのこと、材料というか楽器の一つというか、これがあるからこうしよう、というキーにして作ったんじゃないの、という感触は大方のみなさまにわかっていただける感触じゃないかしらと思った。


今日はわたしの描いたのをパネルに貼った作品に、絵描きの友人がさらに筆を重ねてわたしのパネルをキャンバスにして絵を描いてくれた写真を見せてくれて、そのキャプションに、すずめちゃんの作品をみているときに感じることを描きましたというようなことを言ってくれているのがあって、ウアアー!となったんです。


作品が作品をうみ、だれかが何かを作って、重ねていって、また違う何かになって、はー。

なんともはや。


華やかに見えるミュージシャンて世界だって、まず人前で披露することが自分にとって恥ずかしくないレベルの技術を身につけることが恐らく多くの場合前提だと思うのです。

ギターのFでくじけたり、カラオケで満足できたりしないのです。

努力の先の努力、はー。


ぱかんと開いてまたあした。


 
 
 

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