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  • 執筆者の写真すずめや

マトリョーナちゃんの受難

今回の福岡三越での行商はふたりセットで、おとなりは初めてお会いしたマトリョーシカ売りのおじさまです。

輸入をやっていて、ロシアの雑貨や食品を取り扱っておられるそう。

今回はマトリョーシカ売りをやられています。

マトリョーシカのシカというのは日本で言うところの〜ちゃん、〜くん、みたいなもので、マトリョーナちゃん、というのでマトリョーシカなんだそうです。

ほんとにやまのように並んだマトリョーナちゃんたちは愛くるしさのかたまりであります。

みんな手描きで作られているんだって。

手工芸だね。


ですがこの戦争で手に取られることががくんと減ってしまったそう。

愛くるしいマトリョーナ。

愛くるしいがあまり趣味ではない、同情でものを買うのは良くないと個人的には思う。

ものと人はできれば対等、もしくはこちらの愛優勢くらいがよい。

かわいそうなマトリョーナ、という気持ちで買ってしまうと、マトリョーナに対して恩着せがましいというか、なんかそんな感じがする、それは言うなればヘルシーな関係ではないので良くないと思う。


しかし見れば見るほど可愛い。


そして閃きました。

引越し先の岩手県には遠野物語で有名になった座敷童子がおるそうな。

引越し先のおうちはこの令和の世、寒さ厳しい東北の地において断熱性が良くないと淘汰された木のサッシの残るだだっ広いすてきな古民家。

この愛くるしいマトリョーナを座敷童子のともだち候補として家に置き、座敷童子を呼び寄せるのだ。

はじめてみる愛くるしいマトリョーナに座敷童子は夢中になって寄ってくるに違いない。

寒い国の工芸なのやから、きっと親和性があるに違いない。

うまくいけば5人の座敷童子がやってくるかもしれない。

だからわたしはマトリョーナを手に入れて良いのだ!


この可愛いまめを持っているマトリョーナなら座敷童子とまめを分け合いつまみあって和気藹々と過ごすだろう。

おうちのマトリョーナ置き場の近くにはちいちゃなカップか湯呑みかお猪口でも置いておけばまめと茶を勝手に酌み交わし仲良しになるに違いない。

マトリョーナと座敷童子のお茶会のためにちいさなテーブルを用意してもいい。

ふたりは良き友人となり、我々人間家族はその溢れ出る幸福のご相伴に預かるのです。

これは素晴らしい考えであります。


ということでまめを持つマトリョーナを手に入れました。

赤いお洋服は目立つしこの青い目はきっと座敷童子も気にいるよ。

よい買い物をしました。


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