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白雪姫

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 6月9日
  • 読了時間: 3分

去年もここで、白雪姫に出会った。

そのとき姫は疲労困憊で、一歩も前に進むことができずに野原に広げたブルーシートのうえで仰向けに膝を立てて寝転がり、疲れ果てて風に吹かれていた。

迎えの車に乗り込む時も、手を引かれ、俯いてとてもつらそうに見えた。



今年もいわて銀河ウルトラマラソンの日がやってきた。

このマラソン大会では100キロのコースと、70キロのコースと、50キロのコースをそれぞれ走るランナーがいる。

我々の集落は100キロコースで数えて86.3キロ地点でのエイド(休憩所)運営を任されている。

年に一度、みんなで協力して見ず知らずのランナーたちを労るイベント。


美しく晴れた日で、朝からみんなで集合してテントを立てたり果物を切ったりお水や飲み物を用意してランナーたちを待つ。

わたしの仕事上、環境上、性格上、ほとんど出会うことのないマッチョなスポーツマンたちが次々やってきては汗だくの必死な表情で何か飲んだり食べたりしてはまた前を向いて走っていく。

大人のこんな必死な表情を、こんなに間近で次々にみるなんてこと、ここに越してくるまでなかった。

鮮やかに映える山の緑のなか、大きな蝶がひらひらと舞うこの穏やかな集落で、こういうドラマが起こるものなのか、といつになっても不思議に思う。


途中でお腹がすいてしまうくらい途方もない長い距離を走ってきたランナーたちは、それでも、お水もらいます、とか、ああおいしい、とか、ありがとうございます、と礼儀正しく美しい。

なんてできた人間たちだ。

後半になってくるとみんな本当に疲れて疲れて、肌は真っ赤になっているし、泣きださんばかりの人もいるのに、それでもそれでも、前を向いて走っていく。


マラソン大会にはおしりがあって、我々のエイドでは午後4時がおしまいの期限。

ここまでにこのエイドを走り抜けられなかった者は脱落となる。

去年白雪姫が手を引かれて乗って行った車は、そういう人たちを乗せてゆく救護バスなのであった。

終わりの時間が近づくにつれてエイドはどんどん忙しくなる。

紙コップも足りなくなり、オレンジもドーナツもなくなり、次々にペットボトルが空いて行く。

どきどきしながら待っていたら、今年も白雪姫が現れた。

ディズニーの白雪姫のあの、白と青と黄色と赤のドレスを着た白雪姫ランナー。


嬉しくなって目を見てこんにちは、と言うと、

白雪姫はニカ!と効果音のつきそうなおじさんならではの笑顔を向けてくれて、

去年はここでリタイアしたけど、まだ行けそうだ。

とお水を飲んで、前を向いて走って行った。

姫は美しい緑色の景色のなか、前を向いて走って行った。

いってらっしゃいませ、と心で思った。

姫はゴールに辿り着けただろうか。

来年もまた会えるだろうか。

袖すら触れないようなささやかな邂逅であったが、姫の無事を祈る。

そんなことができるこのイベントのことが、けっこう好きなのだ。



 
 
 

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