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東京へ

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 3月31日
  • 読了時間: 2分

一ヶ月おうちにこもっていたがついに東京へ出るときが来た。日本橋丸善一階、なじみの場所だ。東京にいる妹のところに居候させてもらうし、慣れないビジホ住まいのほかの遠征よりは気安い。丸善の営業時間はたしかに長いけれど今回はお手伝いに来てくださる方がおられるし(これは驚くべきこと)、久しぶりに会えるお客さまとのお話も楽しみだ。


楽しみではあるがたいへんに寂しい。


朝から晩まで家族たちと過ごし続けた日々が終わってしまう。もっちりとしたモンティーヌを揉めないしぬげたとお散歩にいけないしみんみのけつ叩き病の発作に付き合うこともないしヤン子と追いかけっこができないし騒ぐめーめを抱きしめることもかめきちの甲羅を撫でて嫌がられることもできない一週間。

朝を眺め夜を眺め雨を眺め雲を眺め日々伸びて行く新芽を確認し日々増えてゆくクロッカスを確認し風を家に通し夕方になって寒くなって窓を閉め、春カメムシの捕獲をし気がむくままに外に出て薪を割ったりふきのとうパトロールをしたりすることのできない一週間。

これを寂しいと言わずになんというのかわからない。夫のごはんも食べられないし。

まあでもこう振り返るとずいぶん甘ったれたくらしだ。ぶちぶち言わずに働くべきだ。いや働きはしていた、ちゃんと朝から晩までずっと仕事漬けではあった。仕事漬けであったけれどもお気楽だっただけだ。


久しぶりの接客だ、がんばって売るのだ。

お気楽ばかりでやりすごせるほど社会は甘くないのだから。なんどもなんども厳しさに打ちのめされては、痛みがすぎると忘れてしまう。それはあのうちがあるからだと思う。あのうちに帰れるようになってからだ。がんばってがんばって、あのうちをゆたかにしておかなくては。







 
 
 

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