夫が言った。
我が家に起こるトラブルのだいたいはメリが原因だ。
三男猫メリは片手に乗るようなちいちゃな時分にうちにやってきた。
そのころからミルクを拒み、離乳食をがつがつ食べ、子猫だというのに眠るようすをみせず常にうろつき人間に飛びかかってくる我の強い猫であった。
先日去勢手術をうけた際にも、麻酔をして処理が終わって、ふつうはその麻酔が醒めるまでしばらく待つのだけど、処理直後にもう覚醒して、お医者さんにすぐ帰っていいですよって言われていた。
意志の強さ。
人間に対してはたいそう甘えたで、立つ人間のふとももに両手を伸ばして全力でだっこをねだる。
だっこをすると肩に頭を預け、手を広げてへばりつくような形になってゴロゴロいう。
膝に乗るとこちらを見つめて目を細め、口づけをねだる。
昼寝から起きてまわりにだれもいないとすぐ悲しげに大声を出すし、独り言もすごく多い。
呼ぶとすぐ来るし、遊んでいるおもちゃも咥えて人間のそばに持ってくる。
そんなに可愛いのだけど、だけど彼はしかしトラブルを起こす。
まず犬のぬげた。
ぬげたは聡く優しい大型犬であるが、メリはぬげたをいじめる。
ぬげたはメリの大きさの6倍はあるのにメリは耳を伏せ目を見開いて低く唸りシャーを言い爪を出して速攻のパンチをぬげたにあびせる。
ぬげたはかわいそうに文字通りしっぽを巻いて退散する。
ぬげたがほんとに怒ったらメリなんていちころだというのに生来の甘えたと王様根性があわさってやりたい放題。
ぬげたはそれでも猫が好きで、様子を伺いながらすきあらば仲良くしようと近づいていくのが涙ぐましい。
そして新入り四男坊のモリ。
一歳のメリに対して五歳のモリ、体格ももっちりしていてあごも大きく落ち着いていて、みためでは断然メリよりおとなである。
しかしモリはメリをずいぶん恐れていて、メリの顔を見ただけで怯えて怒りのギニャーを放つ。
人間が見ていないうちによっぽどのことが起こったのだろうと思う。
それでもはじめはなんとか仲良くならないか、とモリの部屋にメリを入れたりしていた。
メリはモリの目につかないようにカーペットにごろごろしたり、角に顔をこすりつけたりしてリラックスしているようすで、こんなに可愛いのに嫌われているメリをなんだかかわいそうに思ったものだ。
しかし保護した先の施設長の談によるとそれはマーキング行為というもので猫族としては確実にモリに対する嫌がらせなのだということだった。
モリのなわばりに自分のにおいをこすりつける嫌がらせ。
彼らは雄の猫なのでとくにマーキングいじめは効果がありそうだ。
顔を見ただけでギニャーだけど、あるとき夜中に特に大きいギニャーがあり、飛び起きて見に行くとメリが隙間にモリを追い込んでいまにもとびかからんとしていた。
なんて陰湿。
夫はメリとモリの喧嘩を仲裁しようとしてメリの本気噛みをうけ、かなり深い怪我も負った。
去勢してすこしは大人しくなるかと思ったけどまだ人間の隙をついてモリの部屋に入り嫌がらせをする。
その隙をつかれたのが日に2度か3度あった次の日、モリはストレスでお腹を壊した。
そののち、よくよく、よくよく気をつけてモリの部屋に入れないようにしている。
先日は甘えんぼ猫じゃらし大好きモードとなったメリがよだれまみれの猫じゃらしを咥えて作業中の机に繰り返し飛び乗るという事態がおきた。
おろしてもおろしても飛び乗るのでいったんアトリエの外に出して扉を閉めた。
すると扉の外で悲しく鳴く。
こんなに物憂げな声を出すのなら猫じゃらし大好きモードは解除されたろうと扉を開けてだっこしてやるとゴロゴロいって落ち着いたようだった。
しかし。
あの泣くような声の、舌の根もかわかぬうちに作業机に猫じゃらしを咥えて大興奮で飛び乗ってきて遊んで!と目が爛々。
その際に作っていた最中のノートがやぶれて使いものにならなくなってしまった。
その日はたまたまスチャダラパーのついてる男'94春を聴いた日だったのでなんとかなったが、スチャダラパーを聴いた日でなかったらけっこう怒ってしまったかもしれない。
だってその前にも作業して届かないであろう高いところに置いておいた下準備済みの材料を落とされてしまっていたからだ。
メリはオンラインショップの作品撮影中にも必ず邪魔をしにくるので近ごろはメリをアトリエから追い出してから撮影をする。
そんなに邪魔をしてくるんだけど、わたしが見えなくなるとそばにいたいそばにいたいと鳴くので、アトリエから追放はできずにいる。
メリとトラブルを起こしていないのは次男坊のミリだけかもしれない。
ふたりで仲良くじゃれあい寄り添い眠り追いかけっこをして良き兄弟仲を育んでいる。
人間の隙をついてかつおぶしを盗んで一緒に食べている。
ミリは3ヶ月ごろまで母猫とともに過ごしたし、もともと兄弟もいたので協調性があるのかもしれない。社会というものを理解しているのだ。
メリはあまりにも子猫のときに保護されたから社会も協調もわからないのかもしれない。
でも我が家は社会であり共和国であるので、もうちょっとかしこく優しくおとなしくなってもらわなければ困る。
Comments