今日は本当は京都のことを書こうと思っていた。
だって今日は初めてだけど京都に住んでたことのあるお客さまと、京都のお店にも来てくれたことのあるお客さまと、あとたまたまこっちにきてるけどいま京都に住んでて恵文社さんの近所だっていうお客さまがいて、晩ごはんに立ち寄った居酒屋さんではカウンターのとなりに座っていたお兄さん方は京都の学生さんだったらしい(漏れ聞こえた会話による推測)。
だから今日はめっちゃ京都の日だな〜!と思っていたのだ。
それをブログに書こうと思っていたのだ。
だって名古屋に来てるのにこんなに京都京都する日があるだろうか。
けれど締めのいも焼酎ロックを飲んでいたらB-BOYが魚を捌き出したのだ。
今日立ち寄ったお店は、とあるヒップホップアーティストにゆかりのある、というかその人が立ち上げた店らしくて、店頭で働くみんながB-BOYであった。
そういうとだいぶ印象がいかついが、メニューの構成も店の内装も硬派の居酒屋で、自家製のしめ鯖は酢が柔らかく鯖の旨みが爆裂しており、あん肝ポン酢はひたひたのポン酢に浮かぶ肝がそれに負けじと濃厚な香りを放ち、なんとむかごの唐揚げもあり、ビールのラインナップにはハートランドが入っている。
刺身のつまのかわりにわかめが添えられていたが、あいつは増えるわかめちゃんではないのではないか。磯臭くて旨みのあるわかめ。
こういう細かいところに気が配られているのが素晴らしい。
うつわもよかった。
値段も手ごろ。
最高の居酒屋。
だけど店員さんはみんな帽子をかぶっていた。
個人的偏見だがB-BOYというのは帽子をかぶるかもしくは丸刈りだ。
3人いたうちのふたりはキャップでひとりはなんかゆるっとした布みたいな帽子だった。
キャップのうちのひとりは未成年かと思うほど若い男の子で、近年稀に見る健気な働きぶり。
ひまがあれば冷蔵庫を掃除し、タオルを変えたり洗い物をしたり涙が出るほどきちんと働いていた。
かといって残りふたりがだらけているということはなく、それぞれがすきまの時間にきちきちと仕事を重ねて素晴らしい空間となっていた。
特にお客さんとやたら喋るみたいなこともなくて、1人飲みの自分はかなり安心できる場所であった。
1人で飲んでいるときは店員さんの手元をよくみる。
人に顔を見られるのは苦手だし見るのも苦手。
あんまり無邪気にお喋りしても、旅先の女の1人飲みでは危ないこともあるだろうから話しかけることはしない。
かといって旨い酒と肴を目の前にスマホいじりはもってのほか。
気安い居酒屋さんでは本を広げることもあるけど、今日のとこはそうじゃなかった。
むかごの唐揚げにはピンクの岩塩が添えられていて、しめ鯖にはわさびと生姜が両方とも添えられていた。
突き出しとして出てきた枝豆もきちんと美味しいものであった。
適当なところでは解凍しきれなかった水が枝豆を喰んだとたんにびゅうと飛んだりするけれどそんなことは全くなく、豆がきちんと旨く、固かった。
あん肝ポン酢の影の主役ともいえる小葱の刻んだのも、ちゃんと包丁で丁寧に切ってあった。
名物と冠した鳥の黒モモ焼きには柚子胡椒が添えられていたが、それは普通のやつじゃない。
こないだ福岡で連れてってもらった宮崎地鶏の炭焼き屋さんで出てきたような生っぽいやつだ。
ちゃんと肴に向き合うべき居酒屋さんである。
こういう店に当たったとき、もっともっと胃袋が大きければなあと思う。
連れがいればなあと思う。
いや、魚を捌くB-BOYのことだった。
3人いたうちのひとり、特に線が細くて注文をするために話しかけるまでは女性かしらと思っていたほど瞳が大きくまつ毛はぱっちり、声までか細く、しかし凛とした佇まいの不思議なB-BOY。
いま京極堂シリーズを読んでいるが、榎木津探偵の役でもできそうなビスクドール風の顔立ち。
(ちなみにここで言っているB-BOYというのはヒップホップをやっている、またはやっていそうな男性、くらいの意味である。)
ステージがどうこうみたいな話をしていたのできっとB-BOYなんだろう。
一番か弱そうだ…と勝手に思っていたが、そろそろ帰ろうと最後の杯に口をつけたところで彼はおもむろに店の外へ出て、なんと天然の鰤をまるごと小脇に抱えて戻ってきた。
店のメニューに天然鰤の刺身というのがあったのであれは天然の鰤なんだろう。
店の外に魚の冷蔵庫があるのかもしれない。
それを60センチ×30センチくらいのせまいシンクに持ち込んで頭を落とさんと包丁をごんごんふるう。
その直前に包丁を念入りに研いでいたがこのためだったのだ。
しかし彼はいかんせん線が細く、天然鰤の強い骨に苦戦してごんごんごんごんと永遠に続くような硬い音が続く。
ようやっと頭が落ちたと思えば流れるような仕草で腹を割いて流水で洗い、綺麗になった鰤をかかえてまた店外へ出て行った。
そしたら帰りには立派な黒鯛をかかえて帰ってきた!
もうそのときには最後の杯を干しており、お勘定をたのむ段であった。
なんと面白い居酒屋であったことか。
お勘定をキャップのB-BOYにおねがいし、それとまたべつのお若いキャップのB-BOYにお見送りまでしてもらった。
またお待ちしております、という常套句に、うん、また来るよ、と心の底から応えることは数少ない経験である。
でもお見送りをしてくれたB-BOYはとても若くて一生懸命な働きをしていたので、あんまり浮ついたことを言ってはセクハラになってしまうと思ってありがとうございますというに留めた。
ほんとは彼の働きを心の底から称賛したかったし、最後に頼んだメニューは彼が焼いてくれた鳥のもも肉だったので、それも最高に美味しかったのだと伝えたかった。
女ひとりでは怪しい客だ。
こういう店にあたったときほど、連れがいたらなあと思う。
まあでも連れはいなかったので、慎ましやかに微笑んでせいぜい上品にみえるような態度で帰ったのである。
こんどはきっと、だれかと来よう。
そしてひとりでは伝えられない賞賛をB-BOYたちに伝えるのだ。

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