top of page
検索
  • 執筆者の写真すずめや

東京いってきたよぶろぐ

いやまじで

携帯電話からぶろぐを書こうと思うと写真がねっころがるのなんでなん


失礼しました

東京に一週間もいっていました

といっても、開店10時ごろから閉店20時過ぎまでずーっと新宿伊勢丹に休みなく立っていたのです

すごいたくさんの学びがありました


日本のものあわせ、という会社さんのお誘いで今回ほぼ初くらいの勢いで日本一のデパートにチュチュンとお邪魔しました。

本来なら作家さんが何人かおられるところふたりぼっちで臨みました。親切なベテラン作家さんでほんとうによかった。


このデパート初心者、なんと初日からバスが渋滞に巻き込まれて入店研修なる受けねばならないマナー講座的なやつに全く間に合いませんでした。


まあ間に合わねえなってわかってからはソフトクリームをなめたり粋な珈琲屋さんで一服したりお野菜を買ったりしていました。


搬入は宅配でしていて、閉店後の伊勢丹に侵入して品出しでした。いやほんと今回侵入ということばがぴったりです。ジーパンだったし。


そこで同じ出店者さんの、宇宙くじらをみました。

中條さんとおっしゃって、calmglassというブランド名でガラスの宇宙玉やアクセサリーを作っておられるのです。

そこにひとつくらげの閉じ込められた大きな宇宙くじらを持ってきておられて、それで思い出した、どこで覚えたのか覚えていない、時を旅するくじらの話。


空に浮いてるくじらは、時間軸を関係なくうらうらしているのです。

そういう品種のくじらなのです。

過去も未来も現在も、地球も宇宙も関係なくうらうらしています。

でも、いのちが増えると未来はどんどん膨らんで大きくなって、くじらたちは同胞に会うのが難しくって、もちろん発見するのもどんどん難しくなって、繁殖できないだろうしくじらたちまだいるのかな、って心配なのです。

そんなくじらに会ったひとが、くじらたちがなにか美しいやり方でみんなで集まっているのを見つけて、めでたしめでたし、だったような


そんな話です

(東京の話はぼちぼち続くよ!)


最新記事

すべて表示

天変地異かも

人生の半分くらいを荒れた穴ぐらで過ごした。 穴ぐらではリュックを背負わされ、そこにたくさんの荷物が入って、たいへんに重たくなったけれども、とにかく進まなければ出口がないということだけを感じていて進んで進んだ。 そのときの荷物のなかの、もうもはやアイデンティティの一部と化したような硬くて重たいやつが、ほんとうは全然そんなんじゃなかったってことがわかった。 わたしはしあわせものだったのだ。 穴ぐらから

マリのソファ

きのうは次男坊と三男坊が長女マリのお気に入りだったソファにのぼって人間のおかずのお刺身をかっぱらおうとした。 もうしょうがないなあって言って小さく小さくお刺身を切ってあげた。 マリはすぐ人間のおかずをねだる猫だった。 このふたりはあんまりそういうことしない。 だから久しぶりにおかずを猫にあげた。 マリがここにいたのを、しっかりとした手触りとともに思い出した。 彼女が天国に行ったこと。 寂しいけど、

Commenti


bottom of page