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  • 執筆者の写真すずめや

初期衝動、のはなし

いやあ

お客さまと面白い話してて今日は閉めるのがおそかったです

でもね面白かってね


なんかいろいろおしゃべりしたのですけど

今日はまず、大学時代のともだちが急に連絡なしでサプライズできてくれて、あのころ、の話をしていたんです、これもながながと。

もう10年ぶりとかになっちゃうんだねえなんて。

桜のクッキーをおみやげにくれて、わたしもたまたま焼いてあったスコーンがあったのでわたしあいっこして

甘さ控え目の、桜の香りの、薄い砂糖のコーティングのクッキー

わたしのは、白ワインにつけたレーズンと、ココナツフレークと全粒粉の、これまた甘さ控え目のスコーン。


ざくざくしていて、おとなあじ。

両者とも、噛みしめる菓子でありました。


そうそれで、初期衝動ってなんですか?ってその、遅がけに話し込んじゃったお客さまに聞かれたのです。

あ、そんなふうに考えたことなかった、と思って、そしたらぱって思い出したワンシーン。


野原が家のすぐそばにあって、ちょっと意地悪な年上の近所の男の子が、シロツメクサを踏みつぶそうとして、わたしが身を呈して、地面にうずくまってそれを守っていた。

たしか、足蹴にもされたと思います。


地元の愛知県豊橋市は、ゴミゼロ運動発祥の地ということもあって、ちいさいころはすごく環境問題に触れる機会が多かったんです。

そいで、そのワンシーンのころのわたしは、妙に、みどり(森や草花や林)がなくなって、オゾン層に穴が開いて、やばい光線が地球に降り注いで温暖化で世界がやばい、ってのに危機意識を持っていたんですね。

そのとき、あの小さなシロツメクサを、意地悪だったあの子から身を呈して守ったこと。

が、初期衝動かも。


美しい世界をまもること。


絵を描いたり、本が好きだったり、建築やインテリアやランドスケープを学びに行ったり、食事という行為にずっと興味があることも、もちろんノートも。


暮らしそれ自体、生活、世界、生きること。いま。

それに向き合って愛すること。まもること。


思考の転換でいくらでも世界は肯定できるし、正義も悪も、視点の変換でどちらにでもなるし、世界を美しいものと、捉え直してそれを、身を呈してでも守る。

いま、あのときのことでいえば、あの意地悪だったあの子にわからなくたって、守ったシロツメクサは、オゾン層に良い息を吐いて、紫外線がちょっとでも少なくなって、あの子の世界ごと救えるんだと思っていた。


ヒーローみたいですね。

そんな英雄像を持っていた。

そうだった。

そのときから、より良い世界、より美しい世界がすぐそばに広がっていることをわかってもらうのに、一筋縄ではいかないことを知っていたのだ。

当時はすごく、孤独だった。

この素敵な世界を、だれも救おうとしないことに悲観していた。

だれもここを救おうとしていないんだ、と感じていた。ならばわたしだけでも、と思ったんだった。


ノートだって、ひとの行程を肯定するために作っている。


あー

思い出してきちゃいました。

あー。


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