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  • 執筆者の写真すずめや

不思議の国、奈良

電車に新幹線に飛行機を乗り継いで関西に立った。

コロナ禍がくるより前、京都でピヨピヨの作家だったころからのお付き合いの奈良のエプロンやさんのfu-raさんの春の展示会にお呼ばれして、京都の日程にちょっと足してお邪魔したかたち。

憧れのインスタレーション設営というやつ。

お洒落な仲間はみんなシュッとしたかんじでこなしてるやつ。

ついにその機会がきたぞと一生懸命玉を作ったけどぜんぜんうまくいかなくてちょびっとの玉しかできなかった。

でもfu-raさんたちはお姉さんなのでなんだかうまく空間に馴染ませてくださって、これでわたしもお洒落作家の仲間入りであるなというかんじの仕上がりとなった。

どうもありがとうございます。


前日設営で、飛行機から降りたその足で奈良へ。

fu-raさんの雰囲気もあってのんびりとした設営…と思いきや要所要所にやはり関西の会話のテンポがあり、山からおりてきたての原始人はそのたびはっとする思いだった。

次の日の朝はのんびりめの出勤だったため、奈良公園にたちよってみた。

駅から徒歩5分で鹿が野放しにうろうろしているおかしい公園である。


人間に慣れた大群の鹿、

九割くらいは観光の外国人さんで、異世界。

鹿にどつき回され服の裾を噛まれ、アオ!とかノー!とかウップス!とかいって笑ってころげまわっている人々をみてニヤニヤしていたらあっという間に一時間つぶれた。

子どもが鹿に追われて号泣しているのとか、威嚇におじぎをする鹿に対して律儀におじぎを返す異国の人々というのもかなりおもしろかった。

こんな街のど真ん中に鹿がたくさんいて、しかも地元民はそれに頓着せず、物見遊山に異国の人々がたむろしている。

異常な風景だ、たいへん面白い。

人の日常は他人には非日常だ。


fu-raさんでの在廊は基本的にのんびりゆったりと過ぎた。

おしゃべりしながらお弁当を食べたり珈琲をいただいたり、お客さまの関西トークに度肝を抜かれ遠くから見ていたりした。

褒めてくださる方が多くて恐れ多い〜と縮こまっていた。

多量の褒めを浴び、時間はゆったりすぎ、催事の忙しさやしんどさと根本的にちがう、なんだか仕事に来たのに充電されているようだった。

こういう感覚ちょっと忘れていた。



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