もうすぐ彼の誕生日なので、
夫のことを書こうと思う。
一週間の大阪出張から帰ると、
荒れた裏庭にお花畑ができていた。
前庭も手入れがされており、
新しいお花も植っていた。
おうちのなかはぴかぴかだった。
裏庭の燃やし場(刈った草とかちょっとしたごみを燃やす)にはぐるりと岩が置かれ、
なんとそこへ通じるように岩が嵌め込まれてちょっとした石畳みまでできていた。
シンボルツリー(ということにした)のニレの足元にはわたしがあれいいなあとしつこく憧れていた芝桜が植えられており、ラベンダー畑を作りたいなあと言っていたのが叶えられていた。
一角はほじくり返され整地したあとがあり、わからんけどおそらくそこがハーブガーデンとなる。
わからんけどというのは、夫はあんまり話さないからだ。
わたしがこれいいなああれいいなあと言ったのを覚えていてこうやってわたしのいないあいだに無言で実行する。
かと言って自分がめんどくさいこと、したくないことはやらないので無理をさせているという気負いがないのがたすかる。
ただ謎の嘘をつく。
今回は出掛けにチューリップが咲きそうで、気にしながら出張に行った。
帰りのお迎えの車の中でチューリップはどうなったかなと聞いたら山の風で全部散ったと言った。
わたしはその話を聞いてたいそう悲しかったのだけれど、
帰るとチューリップは咲いていて、なんならいまからまだまだ咲く蕾もたくさんあった。
こうしてくれたの!ありがとう!とお礼を言っても得意げな態度は取るけどあんまり何も言わない。
ありがとうとごめんねとお願いを言えない人なので言葉でお返しができないのかもしれない。
毎日ごはんを作ってくれて、毎日世界一美味しいと伝えるけれど、ぱっと見には喜んでいる様子がわからない。
ただウインナーを焼くことしかできなかった夫が、大さじを覚え、ネットのレシピサイトの比較までこなし、ハーブまで使いこなして、ドレッシングも作れるようになった。
それでたぶん感謝が伝わっていて、それを喜んでくれていて、はりきってくれているのだとわかる。
本屋さんに出張のときは料理本をかって、食べたいやつにシールを貼っておみやげにわたす。
すると晩御飯にその料理がでてくる。
極度の人見知りなので、こういう集落では人付き合いで辛い思いをさせるかもしれないと思ったけれど、こちらの人は基本的にシャイだし、目の澄んだお年寄りが多いので大丈夫みたい。
こないだは集落のおじいさんにつれられて山菜採りにいったそうだ。
近くをうろついていたお年寄りと交流をもち、おうちまで送って差し上げたそうだ。
ご年配のかたはすごいなまりで、会話が半分も聞き取れないというのがかえっていいのかもしれない。
古銭のマニアックな蒐集家で、グザヴィエドランの映画と小林秀雄を愛している。
わたしは小林秀雄のことはいけすかないがんこじじいと思っているけれど、古銭にしろ小林にしろ、好きなことを語っている様子はみていて楽しく好ましい。
言ってることは半分もわからない。
裏山で水晶の原石が生えているのを発見し、
でっかいリュックとハンマーとでっかい釘みたいなのを持って裏山にいってなかなか帰ってこない日々が続いていたことがある。
あっというまに床が抜けていて使えない一部屋を水晶の生えてる石で埋め尽くし占領した。
採集にいっているときは口を割らなかったが、リュックにぱんぱんに石をつめて山を降りるのでバランスを崩して3回も山から落ちて怪我をしていたらしい。
叱られるので隠していたのだ。
水晶は蒐集しているだけで特に何かをする気はないみたい。
いちどフリマアプリで水晶を売り飛ばしたら車が壊れたり病気になったり、ひとりだけバチを当てられていた。
もうバチはおさまったけれど最近は山道で動物の影だけが動くのを見たらしく、山にからかわれているみたいだ。
それでも山菜をとるとか虫をみるとかいって毎日のようにそのへんの山に入る。
甘いものが好きなのでパティシエの経験があり、自然が好きなので農業の経験がある。
動物が好きなのでいまは保護猫、保護犬の施設で働いている。
猫にもみくちゃにされたり、犬と仲良く散歩をしている動画を自慢げに送ってくる。
今日はトライアル中に逃げ出した犬を探しに行くからお昼はいらないと言って出て行った。
話を聞くと仕事終わりにこっそり探しに行くつもりらしい。
ゴールデンウイーク中で人手が足りないので、自分が探しに行くということらしいが、勤め先には言わないみたい。
こういうよくわからない影武者のような動きをする人だ。
もし犬が見つかったら結局勤め先に送り届けることになるらしいのに。
勤め先では車が壊れたときにずいぶん助けてもらったし、お世話になっているので恩返しのつもりなのかもしれない。
わたしはあまり、家族にいい思い出がない。
人と暮らすってことが現実にどういうものなのかよくわからないまま彼と家族になった。
家族ってなんだよと思っていた。
恋人と同棲していたことはあるけれど、どれもいい終わり方はしなかった。
けれどいま、人生で最も健やかで幸せな毎日を暮らすことができているのは夫のおかげだ。
紙切れ一枚のうえのことではあるけれど、籍が独立したのは思いのほかすっきりとした気分になった。
人と助け合い日々を構築していくというのは美しいことだ。
でっかい山々に囲まれ、でっかいおうちに住んで、でっかい畑も庭もある。
猫も亀もどじょうも幸せそうだ。
はじめはひとりで岩手に来るつもりだった。
だから恋人なんていらないと思っていた。
だが夫は人生に急に現れ、会ったときからべたんとひっついて離れず、気づいたら出会った場所から1000キロも離れた場所まで着いてきて、いまや夫婦だ。
作家というのは経済的にとても不安定だし、結婚なんてとんでもないと思っていたし憧れもなかったのに冗談のような結末になった。
人生はなにが起こるかわからない。
人生はなにが起こるかわからないのは、悪いことに限った話じゃないんだって、身をもって知った。

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