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やまのおまつり

執筆者の写真: すずめや
すずめや
9月23日
読了時間: 3分

ようやっと!にどめのおまつり参加だ。

毎年この時期は我が集落の山祇神社のまつりなのであるけどもだいたい出張がかぶってしまっていたので移住5年だがこれでにどめの参加となる。万歳!


何日か前から神社の掃除をしたりクソでかいのぼり旗を立てたりしていつもはその準備だけして仕事に行っていたけど今年は参加できるのだ。まつりの準備はよいものだ。


前もなんか書いた気がするけどまつりでは本殿に各家の代表があがりこみ、祝詞をうけ、神楽の人たちがやってくる。彼らも祝詞をうける。かしこみかしこみもうされたってわけ。

おまつりのあいだ神社にかぶせる布はなんかいかした染め抜きの三階松で、大正十年と書かれていた。百年前からあるまつりの祝詞をうけたってこと。スーパーまじないパワーだこれは。わたくしはいまかなりの加護を持っているにちがいない。宝くじを買うか。五億円が当たったらおやしろの屋根と鳥居をなおしてしんぜよう。


ものすごいでかさのお弁当がくばられる。しっかりした味付けの、酒の肴セットみたいなお弁当。呑む。言っとくけど本殿のなかで。当初はびびったけどなんかそういうの気にしないらしい。なんならわたしは女だし、山の神さまって女が嫌いとか聞くし、えっ、本殿にわたくしのようなもんが上がり込んでいいんですか?というそわそわがあったけれどもう別にいいんだなって思う。

御神酒をぐいぐいやりながら神楽をみる。今回のまつりは昼間開催なのであかるいうちからの飲酒。最高である。

おばあちゃんたちはけっこう神楽をしっかり見てるけど大多数が神楽関係なしにおしゃべりしてて、豪勢なBGMでの宴会というかんじ。なんかこういう空気許してくれる神さま、つうかこれが歓待だということらしいので空気許すどころかうちの神さまはこれが楽しいのだということになる。いいやんか。いいグルーヴの神さまやないか。


神楽が帰っていくととりあえずおしまいの空気になって、でももう一杯と集落の紳士がごぼりと酒を注いでくれたりして、おみやにおにぎりを8つと酒の残った一升瓶(御神酒)を抱えて、集落のご婦人に家まで送ってもらった。お弁当のはしっこに残っていたたこわさでもう一杯やり、ベロベロになったので猫を揉みながら寝た。ちなみに今回夫は仕事で参加できなかった。広いうちで一人酔っ払って明るいうちから昼寝して、夫が帰ってきたときには暗くなってて、そんで起きた。

けどまた眠くなって、なんかダルダルなかんじで一日を終えた。酔っ払ったのでうつ伏せで寝ている夫の背中に油性ペンで我が家の全員の名前を書き尻に目玉も書き入れた。なぜそんなことをしたのかは今となってはわからないが。


なんだかたいへん平穏で平和ですごい日だった。

月末に締め切りがある小説ではものすごいネチネチと人間の機微を書いているのに、ほんとうに、絵本に出てくるみたいな空気で一日がおわって、すごかった。

 
 
 

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月末に小説の締め切りが二本あり、片付けなければならない木材があり、畑の石とりがあり、もちろん製本の仕事もあり、お掃除もあり、犬猫の世話もあり、カメムシ殺しもせねばならず、ぎゅう詰めであった。暮らしってのはたいへんだ。なんかずーっと頑張っていなければならない。 「死ぬほど鍛える。結局それしかないと思うよ。」 鬼滅の刃に出てきた台詞だ。主人公が主人公らしく、でかい岩を切らなきゃならなくなったときに助言

 
 
 

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