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  • 執筆者の写真すずめや

ふしぎなぽかん

大都会、東京丸の内にきています。

たくさんご来場いただき、ありがとうございます。


とはいえ丸の内の丸善さんは12時間営業なので、ぽかんとしている時間も多く、ぽかんを埋めるのに紙を持ち込んで折ったりもしておりますが、なかなかアトリエにいるときのように集中も続かないのが実態です。

ほんでぼーっと、なんかをモヤモヤ考える。

でも目の前には人がたくさん通るので思考を深めるほどでもない。


なんか、わたし、なにしてるんだろうな?とぽかんとしたりする。

人生の半分くらいを本を作るのに費やしてきた。

本を作って、売って、食えない時期のほうがずーっと長かったけれど、いまは食べていけてて、生まれたとこから遠く離れた場所に落ち着いて家族を持って、支えている。本で。

たくさんの人が支えてくれて見守ってくれて、あったかいものをもらって、それで生きてる。

なにしてるんだろうな?

なんなんだろうなこの、なんだ、生きかた、でいいのか、いまのこれはなんなんだろう。

ものすごく恵まれているな。


たぶん言語化した明確な目標、腹に抱えた一本槍、みたいのがないまま作る手だけが止まらなくて、作り続けるために動き続けて、だったから、なのかな。なんだろな。

ゴールに行くために走るんじゃなく、走るために走っていたようなかんじがあるな。

いやただこのものすごくありがたい現実を受け止めるキャパが単に足りてなくてわかんなくなってるだけもしれない。


駅そばの、でっかいまるい箸差しに、数え切れないくらいのたくさんの箸がささっている。

これだけで数えきれないというのに、その箸みんな、それぞれ、数えきれないくらいたくさんの人につかまれて口に運ばれた。

箸たちのつかんだお蕎麦は何本あるんだろう。

お蕎麦をたべてまたこれからがんばるぞと出ていくたくさんのひとたち。

たくさんのお箸とお蕎麦と食べるひとたち。

はー。



なんてことをぽちぽち書いていたら丸善さんを散歩コースとしている博識な紳士がやってきて、莫妄想(まくもうぞう)という禅の言葉を教えてくれました。

みだりにおもうことなかれ、余計なことは考えず、今ここの今のことを考えろという教えなんだそうです。

ちょっと深く調べてみよう、なんだかちょうどいい言葉をもらった気がする。


人と会う場所にいると、こういうちっちゃな奇跡がおきますね。



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