top of page

きのうの夢

執筆者の写真: すずめや
すずめや
2018年5月25日
読了時間: 2分

いま現在の知り合いか友人とテレビ的なものを見ていて、

高校生のわたしが出てくる映像を見ました。

なんだか当時よりぐっと美化されているようでした。

高校生って高校生というだけでかわいいなあと思いました。


すごい童顔でして、

70代80代の年配の先輩方にも、年齢を言うと驚かれます。

それくらいのお歳の方々の本気のびっくり顔ってあまり見られないのでちょっと楽しいです。

一般的に、とか普通に、という言葉をあまり使いたくなく、

そういう概念をできるだけなしに世界を見たく、

どれだけ仲が良くなっても、

「●●さんだったらこうやと思う」

というのんをぶつけないように気をつけたいです。

差し出すのはいいんですが。

例えば贈り物をするときに相手のことを思いながら差し出すのはいいけども、

カオナシみたいにみんなが絶対好きだろうと思い込んでいるものを無理くりわたすのはぶつけるです。

あれも愛だと理解はしますがわたしはやりたくないな。


好き、はなんで好きなのかなって自分が深く潜って分析したからかもしれません。

まあまあしんどいことでした。メンタル的に。

それがありきで今があるので全く後悔も辛い気持ちもいまはないです。


ただいま午前6時半、

先ほどすぐそばの八百屋さんで買ったそら豆を焼いて、

あじも一緒に焼いて、

お味噌汁をこさえて朝ごはんとします。

マリが一緒にたべられるのでうちの動物性たんぱく質はお魚多いめです。


 
 
 

最新記事

すべて表示
さて京都

月末に小説の締め切りが二本あり、片付けなければならない木材があり、畑の石とりがあり、もちろん製本の仕事もあり、お掃除もあり、犬猫の世話もあり、カメムシ殺しもせねばならず、ぎゅう詰めであった。暮らしってのはたいへんだ。なんかずーっと頑張っていなければならない。 「死ぬほど鍛える。結局それしかないと思うよ。」 鬼滅の刃に出てきた台詞だ。主人公が主人公らしく、でかい岩を切らなきゃならなくなったときに助言

 
 
 

コメント


Copyright © 2018 suzumeya

bottom of page