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かきうつす

  • 執筆者の写真: すずめや
    すずめや
  • 6月5日
  • 読了時間: 2分

ここのところ毎日ふるい文章をかきうつしている。

本の装丁にするためだ。


青空文庫から選んだ短編を全文ローマ字変換してかきうつす。

これは書き写すと書いていいのか描き映すと書いていいのかはたまた、いや、わからない。


文字を一つずつ拾い上げていく。

譜面の楽譜のおたまじゃくしを1匹ずつ追っていくアナリーゼというのはこういう感覚なんじゃないだろうか。

ひとつずつ追いかけてまた俯瞰。

精読、というよりアナリーゼだと感じるのは、その都度追いかけるのは文章でも言葉でもなく、完全なる音だからだ。


文章をそのまま原文で写さないのは、これはもうバランス感覚の問題なのだとおもう。

ひとつ、距離をとる。

そのままじかに触るなんて、ちょっとお行儀が悪いような気がする。

なかに空白をもつ本の装丁なのだから。


きょうは谷崎潤一郎の刺青をうつしていた。

(ちなみにこれいれずみではなくしせいと読むらしい)

谷崎のことは当たり前に好きだけれど、ひとつぶずつ、音を拾ってあらためて追いかけていくと本当に都度都度ため息が出る美しさでこのような手垢のついた比喩しか出てこない自分が嫌になる。

彼の文章は美文だ美文だと言われているし、自分だってそう思っていたけれど、ここまでそれが"わかった"ことはいままでなかった。


装丁をつくりながら身体的に読書をしている。

血のように赤い絵の具を溶いて、ペンを滑らせていく。

ひとつぶずつ音を拾って楽譜が出来上がっていく。

一枚の紙にはかききれないので、つながっている物語がどんどん分かれてゆく。

これは、なんなんだ。

わたしはなにをしているのだろう。


なにをしているのだろうかといっても息をするように製本を続けてきたのですべてはそこに行くのだった。

おなじところへ違う道を通ってなんども行くのだ。

これからものがたりがはじまってゆく空白の空間を、途方もない量、ひたすらに、ずっと作っているだけなのだ。



 
 
 

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