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いつもとちがうの

執筆者の写真: すずめや
すずめや
2019年8月2日
読了時間: 1分

絵を描いてました

なんかちがうのが、でてきた。


はじめのころ、こうやって紙に絵の具をつけることを描くと言うのが違ったんですが、まあ真剣に場数を踏めば進化するもんで、ここんとこ描くと言えています。

澄ませたそれぞれの感覚を使えるようになってきました。


色彩について磨いたものや自由にとりだせるタイプの感覚(もちろん触らないやつも触れないやつもまだまだあるんですが)、それを想って絵の具をのせていたのが、それを使って絵の具を載せられるようになってきました。


わたしはいろいろ、スイッチの多いタイプで、絵を描くときは切っちゃいます。

例えばふだん、表現においても社会性のある関係においてもいちばんよく使う言語野はまず切る。

あたまを澄ませる。

いま気持ちの良い、リズムをかける。

息のできるおおきな水の中に沈んで行く。

詩を書くときも、そんな水の中に沈んでいます。


たゆたうなにか

光の届くながれ

全身にまとう重力

みずのうえのことは、無視して。


たまになにかも一緒につれていく。

特別だけ、たまに。


はじめはため息のような、ふと流れる涙のようなものだったのが、いま、そう、さっきのことを思い返せば、明確な瞬きや吐息、手に取る感覚、手を取る感覚、抱きしめにいっているような。


無意識に、意識的にむかう。


 
 
 

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